#40【秋田県内の駅全制覇】【JR田沢湖線】「角館駅から田沢湖を目指す初夏の田沢湖線各駅降車の旅」とは?
■秋田県内の駅全制覇の旅・最終章とは?
2年前の夏、俺は大舘のスナックにいた。
秋田県内の全ての駅に立ち寄り、その一部始終をブログに書く。そんな壮大でクレイジーな野望を小さなリュックに詰め込んでコロナが猛威を振るい始めた2020年の夏、俺はローカル電車に乗って大舘に向かった。そして夜は寂しげな大舘のスナック通りに繰り出して旅の始まりを祝うかのように泥酔していた。
あれから2年。電車に乗っては降りて、乗っては降りてを繰り返し、時には車掌さんに訝しげな顔で見られたり、時には熊に怯えながら携帯の電波もまばらな山道を歩いたりしながら、秋田のほとんどすべての駅に立ち寄った。そしてそんな小さな旅も今回でいよいよ完結である。
さあ、最終章だ。俺は秋田県内の駅全制覇という、とことん暇を持て余している人間にしかできない野望をクリアするため角館駅へと向かった。そう、俺のラストダンスは角館駅から4駅先の田沢湖駅を目指す旅である。
先ず俺が訪れたのは角館駅の隣駅・生田駅である。角館駅から4キロも離れていないが、すでに観光名所としての雰囲気は皆無で、永遠なる自然が広がっている。
本日はここから田沢湖駅を目指してぶらり旅を敢行するのだが、その前に先ずは飯でも食べよう。生田駅から少し歩いたところにここ仙北市神代エリアのご当地グルメ「神代カレー」が食べられる食堂があるようだ。
気分はすでにカレーモード。初夏の心地よい風に吹かれながら、俺はその店へと向かった。
夢と幻想の神代カレー。俺は「本日休業」と書かれたその張り紙を目の前にただ立ち尽くすしかなかった。チクショー、腹減ったぜ。食べられないとわかると、なぜかさらに腹が減るのは人の性だ。出鼻をくじかれたラストダンス。俺は5月の空に描いたご当地グルメをひっそりと吹き消して、隣の「神代駅」を目指し田沢湖線に乗り込むのであった。
■まるで親戚の家? 神代駅近くのアットホームな食堂「華頂」とは?
神代駅に到着。生田駅で神代カレーにソッポを向かれた俺の頭の中は、もはや飯のことでいっぱいだ。iPhoneで調べてみると、ここから5分ほど歩いたところに個人経営の食堂がある。先ずはそこに向かうことにした。
店の前に着くと、幟の前で農作業をしているお父さんと目が合った。お父さんは俺を見るなり「いいよ」とアイコンタクト。どうやらこの店の店主のようだ。土曜日の昼間にも関わらずお客さんが誰もいなかったのが気になったが、店主のお父さんに促され店内へ。
店内に入ると待っていたのは圧倒的アットホーム感。まるで夏休みに親戚の家に遊びに来たような雰囲気だ。だがこういう店は嫌いじゃない。さて、何を食べるか。悩んだ末、俺は生姜焼き定食を注文した。気まぐれ定食も気になったが、とにかく腹ペコだった俺の体は肉を欲していた。
生姜焼き定食が到着。メインの豚の生姜焼きに、黄身が乗った長芋、今が旬のワラビ、そして漬物と小鉢が3つも付いて税込み850円は安い。そうだよ、俺が食いたかったのはこれだよ、と孤独のグルメのパクリじゃないけどマジでそんな感想だ。生姜焼きはもちろん、タレが沁み込んだキャベツにご飯が進む。完食後は、お父さんが持ってきてくれた冷たい麦茶を一気飲み。少し早いけど気分はサマーバケーションだ。
「今日は歩いてきたの?」とお父さん。
「はい、電車の旅をしてまして……」
「へぇ。これから渓谷にでも行くの?」
「ケイコク?」
俺は飯のことしか考えていなかったが、どうやら「抱返り渓谷」がここ仙北市神代エリアの観光スポットのようだ。
調べてみるとここから歩いて45分ほど。頑張れば歩いて行けない距離ではない。ただ問題は頑張って行く価値のあるスポットかどうかである。去年の夏に行った「川原毛地獄」や「院内銀山」のようなガチで遭難必須レベルのスポットは懲り懲りだ。
だがせっかくお父さんに教えてもらったことだし、行ってみることに。田沢湖で酒を飲む以外はノープランだし、幸い天気もいい。
「気ぃつけてな! 午後から雨降ってくるらしいからな!」
いやいや、雨降るんかい! 俺は一抹の不安を感じながら、噂の観光名所を目指して歩き始めた。
■密かなデートスポット! 仙北市神代の観光名所「抱返り渓谷」とは?
雨に降られたらひとたまりもない。俺は急ぎ足でその観光名所を目指して歩き始めた。
その道中、不意に22年前に放送された伝説のドラマ「ビューティフルライフ」の木村拓哉と常盤貴子が現れたため、俺は思わず足を止めた。
当時まさにキレッキレだった視聴率男のキムタクと連ドラの女王として君臨していた常盤貴子が四半世紀近くの時空を超えて、現在も尚、社民党の広告塔して仙北市神代エリアで活動中だ。
しばらく歩くと「抱返り会館」なるものを発見。この場所でどんな会合が開かれていたのかは今となってはもちろん闇の中だ。
歩くこと45分。ようやく抱返り渓谷の入り口に到着。やたらと目がチカチカする案内看板をチラ見して散策開始だ。
抱返り渓谷の歩道入口を進むと、右手に抱返神社が見える。その先を進むと現れるのが神の岩橋だ。
残念ながら落石の影響で回顧の滝(みかえりのたき)まで行くことはできなかったが、ちょっとした散歩には快適である。だがひとつ難点があるとすれば、他の訪問者が皆カップルだったことである。恋人たちのビューティフルライフを横目に眺めた景色は確かに良かった。だがなぜだか少しだけ侘しさの風が吹きすさび、やがて先ほどのお父さんの忠告通り空から降ってきた小雨が俺の侘しい心を濡らした。
そんなわけで仙北市神代エリアの観光スポット「抱返り渓谷」においては、恋人と行くことを推奨する。
小雨を浴びながら足早に神代駅まで戻ってきた俺は再び田沢湖線に乗り、刺巻駅へと向かった。
刺巻駅といえば、刺巻湿原のミズバショウが有名である。見頃になると約6万株のミズバショウの白い花弁が揺れる刺巻湿原までは、駅から歩いて約1キロだ。次の電車がやってくるまでまだ時間はある。ここはひとつこのブログを読んでくださっている皆様に素敵な景色を届けよう。そう決意した俺は乳酸が溜まった重い足腰に鞭打って例の刺巻湿原へと向かった。
意気揚々と訪れた刺巻湿原。だがミズバショウの見ごろは4月上旬から5月上旬である。訪れた5月下旬はすでにシーズンオフだ。白い花弁が揺れる代わりに、たくさんの小さな虫たちが否応なく俺の顔面に体当たりしてきた。素敵な景色を届けようなどと慣れないことはするものではない。酒でも飲もう。
俺は小さな虫たちをドラクエのように後ろに引き連れて刺巻湿原を後にするのであった。
■秋田県内の駅全制覇! そして田沢湖駅前のおまかせ料理の酒場で一杯とは?
秋田ぶらり旅を始めて約2年。時には天候に翻弄され、時には無人駅のスカスカの時刻表に絶望し、そしてようやく俺はこの旅147ヶ所目の駅へとたどり着いた。
田沢湖駅到着。これをもって俺は「秋田県内の駅にすべて立ち寄る」というMajiでDOでもいい偉業を成し遂げたのである。
この快挙をひとりで盛大に祝うべく俺は田沢湖の街並みに繰り出した。今日はこの街でとことん飲もう。まぁ家にいるときもとことん飲んでいるのだが、そんな意気込みを田沢湖の夕暮れの曇り空に投げかけて、俺は一軒目の店へと入った。先ずは駅前の酒場「居酒屋こまち」からスタートだ。
どうやら年配のお母さんがひとりで切り盛りしているお店のようだ。秋田ぶらり旅の最後の街で先ずはひとり乾杯である。
この店にメニューはない。全てはお母さんのおまかせである。何が出てくるのか。ビールを飲みながらお母さんの一挙手一投足に着目するサタデーナイトだ。
先ずはワラビだ。そういえばお昼にも食べたなというのは心にしまい、仙北市のソウルフードをつまむ。
「この前、男鹿に行ってきたときに買ってきたのよ」
そう言ってお母さんが次に出してくれたのは男鹿産のタコと野菜の和え物だ。
「真鯛も買ってきたけど食べちゃったのよ、ごめんね」
なるほど、真鯛も食べたかったなというのは心にしまい、タコをつまみにビールを進める。
ここからは今が旬の山菜ゾーンに突入だ。山菜と野菜の和え物を挟み、登場したのは「こしあぶら」という山菜の天ぷらだ。
山菜の天ぷらが大好物な俺にとって、これは嬉しかった。軽く塩をふって食べる。酒はビールからハイボールにチェンジだ。わらびとタコと山菜と。まだまだ夜は長いがこれはどうやら酒が進む。
「最近のテレビはコマーシャル多いはねぇ。あっ、いけない7時だ」
お母さんはそう言ってテレビのチャンネルをNHKへ回した。お母さんの7時はNHKのニュースと相場が決まっているようだ。
おかわりしたハイボールを飲み干したところで、そろそろ二軒目へ行こうか。酒はもう少しいけそうだ。……といつも思うのだが、気づくと後半の記憶が曖昧になっているのが最近の俺だ。だが今日はとことん飲もう。少し寂しげな田沢湖の夕闇にそう決意しながら、俺は再び街へ繰り出した。
■田沢湖で出会った刺身が絶品の名店、そして秋田ぶらり旅の完結とは?
次に訪れたのは田沢湖駅から5分ほど歩いたところにある「居食屋 鮮粋」である。
お通しの山かけをつまみにリスタートのビール。お通しが旨い店にハズレはない。この店の売りは魚ということで、もちろんアテは刺身に決まりだ。
豪勢な盛り合わせも好きだが、ひとり飲みのときはこのサイズで出してもらえると実はありがたい。こうなると日本酒が欲しくなるのが酒飲みの性だ。マスターおススメの刈穂の大吟醸で今宵は夢気分といこう。
新鮮な魚をつまみつつ、たんまりと注がれた日本酒を迎えに行く。この瞬間のために俺は生きていると言っても大げさではない。マスターと秋田の酒とラーメン事情について話しながら夜は更けていく。さてこの後どうするか。もう少しだけ飲むか。ひとり飲みの危険なところは誰も俺を止めてくれないところである。
夜の闇をふらつきながら、俺は鮮粋のマスターが紹介してくれたスナックへと向かった。思えばこの秋田ぶらり旅で初めて訪れた大館でも、俺はスナックで酒を飲んでいた。
ドラえもん好きのママさんと話をしながらハイボールだったか、ビールだったか、レモンハイだったかぶっちゃけ覚えていないが、とにかく酒を飲んでいた。そう、実はこのときの記憶が曖昧なのである。
そんな曖昧ミーな俺のiPhoneになぜかこんなメモが残っていた。
「わたしゃひゃくまで恋をする」
なんだこれ。翌日二日酔いの頭で考えていると、ふと思い出した。
スナックで常連さんであろう高齢のお母さんがたしかこの歌を歌っていたのだ。わたしや百歳(ひゃく)まで恋をする。寂しげな秋田の町はこのお母さんのような力強さに支えられている。
俺は秋田を旅した。
この2年間、おそらく他のひとより少しだけ、秋田のいろんなところに行ったと思う。だけど例えば東京のひとに「秋田って何があるの?」と聞かれても、ごめん、うまく答えられない。申し訳ないが「秋田はなんもないよ」と言ってしまいそうだ。
それでもそんななんにもない秋田の空を俺は忘れない。
無人駅の駅ノートに書かれた誰かの温かなメッセージを俺は忘れない。
訪れたたくさんの酒場で見つけた人情を俺は忘れない。
さて、そんなわけで今回の旅をもってこの「KANEYANの秋田ぶらり旅」も一応完結である。まだまだ書き残したことがあるような気もするが、ひとまずこのへんで。
読んでくれた方々ありがとう。
また会いましょう。
終わり。
#39【春旅】【JR北上線】「横手駅から巣郷温泉を目指す春の北上線各駅降車の旅」とは?
■横手市民に愛されるもうひとつのソウルフード「焼肉ライス」とは?
スプリング・ハズ・カム。長かった秋田の冬もいよいよ終わり、家の前に魔塔のようにそびえ立っていた雪の塊もいつの間にか消えた。すっかり春である。そして2年前の夏に唐突に始まった秋田県内全駅制覇の旅もいよいよ終盤戦だ。今回横手駅から秋田と岩手の県境にある巣郷温泉郷を目指すにあたり、俺はいつものようにYahoo!の路線情報で北上線の時刻を調べていた。だがなぜだか横手駅から一駅隣の「矢美津駅」までの運行情報が全く表示されないのである。
Yahoo!の路線情報から突如消えた矢美津駅。だが謎はすぐに解けた。2022年3月12日をもってJR北上線の「矢美津駅」と「平石駅」の2駅が利用客減少により廃止されていたのである。JR東日本で営業中の駅の廃止は6年ぶりのようだが、いつだってアイドルの卒業と無人駅の廃止はある日突然やってくる。ちなみに、さよならも言わずにいつの間にかいなくなった矢美津駅周辺をGoogleMapで見てみると、ポツンとラブホテルが見える。ラブ&トレイン。これからは愛を育む横手市の男女を北上線は速度を落とさずに素通りしていく。
そんなわけで今回は横手駅から廃止となった矢美津駅と平石駅を通過し3駅隣の黒沢駅、そして岩手との県境を越えて巣郷温泉郷を目指す旅である。俺は花粉症で充血した目をこすりながら今回の旅の出発地点である横手駅へと降り立った。
北上線に乗る前に先ずは腹ごしらえである。横手といえば「横手焼きそば」や「十文字ラーメン」が有名だが、今回は趣向を変えて肉を食べよう。俺は横手駅から20分ほど歩き、お目当ての店へと向かった。
横手の街並みに向かって堂々と掲げられた「焼肉ライス」の文字。もはや凄まじい熱意だ。俺はおそるおそる店内へと入った。
店内に入ると感じの良いお母さんが迎えてくれた。ジャンプとマガジンが並ぶ少し年季の入った本棚の上にはおもむろに二刀流・大谷が映るテレビが置かれ、その隣には「迷った時には焼肉ライス」の張り紙が見える。ここまでプッシュされたら頼まないわけにはいかない。俺はお母さんに噂の焼肉ライスを注文した。
焼肉ライス登場。このビジュアルはマジで食欲をそそられる。俺はまるで育ち盛りの中学生の如く目の前の飯にがっついた。最近はすっかり食が細くなった38歳のネクスト中年世代の俺もこいつを目の前にすると、いつでも腹ペコだった少年時代に戻りそうだ。脇役の漬物や少し焦げたスパゲティも良い味を醸し出している。そう、これだよ、これ。ひとり呟く横手の春だ。
昼どきを迎えると、地元の会社員と思われる人たちで店内は満員御礼。作業着を来た若いお兄さんも制服を着たお姉さんも、この店で思い思いの昼休みを過ごすのだろう。横手焼きそばだけじゃない横手のもうひとつのソウルフード。迷ったら焼肉ライスの言葉に偽りなしである。
■駅構内でカラオケも歌える北上線・相野々駅とは?
腹がいっぱいになったところで、電車旅といこう。俺は横手駅から北上線に乗って、相野々駅へと向かった。
立ち寄った際は残念ながら営業していなかったが、駅に隣接している「村さ来亭」は横手出身のシンガーソングライター高橋優の叔父さんが経営しているお店のようである。
メルヘンティックな外観の相野々駅構内でふと上を見上げると、カラオケルームが見える。
まさに歌える駅・相野々。……なんだけど誰かが利用している気配はなかった。コロナが落ち着いたら、地元の方々の歌合戦が繰り広げられることを期待したい。
例の如く、次の電車がやってくるのは数時間後のため歩いて次の小松川駅へと向かう。
途中、なんだか小憎らしい鉢巻をしたマスコットキャラクターが印象的な道の駅「さんないウッディらんど」でトイレ休憩をしつつ、小松川駅を目指す。
相野々駅から1時間以上歩いただろうか、アラフォーおじさん(俺)の老化した足腰がいよいよ悲鳴をあげ始めたころ、ようやく小松川駅に到着した。
もはや涙が出るぐらいスカスカすぎる時刻表には誰かが置いていった傘が挟まっていた。
秋田の夜は早い。19時45分が終電って、都会のひとから見たらもはや都市伝説レベルだ。
眩しい春の夕陽を浴びながら、ようやく本日の目的地である黒沢駅方面の電車がやってきた。いざ黒沢駅、そして巣郷温泉郷へ。もうまもなく陽が落ちる。さて、今日はどこの酒場で酒を飲もうか。
■平時は温泉も入れる巣郷温泉の人情食堂「でめきん食堂」とは?
秋田と岩手の県境にある黒沢駅に到着。このエリアは県内トップクラスの豪雪地帯ということもあり、駅舎の中にはおもむろに除雪機が置かれていた。
黒沢駅から歩くこと20分。岩手県西和賀町へ。本日はここ巣郷温泉郷で愛されるローカル食堂「でめきん食堂」で晩酌といこう。
黒沢駅から歩くこと30分。国道107号線沿いにあるドライブイン・でめきん食堂は外観通りのザ・昭和の食堂である。厨房でお父さんが料理を作り、接客の担当はお母さんのようだ。丼もの、麺類、一品料理と一通り揃っているようだが、旅に出ると物珍しいものを食べてみたくなる。俺はいつものように瓶ビール、そして馬肉の味噌煮を注文した。
豆腐がたっぷり入った馬肉の味噌煮を頬ばりながらスプリングビール。店内は俺の他に男性のお客さんがひとりラーメンを啜っている。漂う昭和ビートと溢れる実家のような安心感。ああ、これはついつい長居してしまうパターンだ。
こういった昭和感強めの店に来ると日本酒が欲しくなってくる。お母さんにお願いすると店のカウンターに置いてあったワンカップの登場だ。男は黙って美酒爛漫。そしてこいつに合わせるのはおでんだ。
古き良き食堂でワンカップを飲みながら、おでんをつまむ。ここまでくれば俺もかなりの上級者だ。だが久々に日本酒を飲み、さらに調子が上がってきた俺のもとにお母さんが申し訳なさそうにやってきた。
「すいません。実は7時半で終わりなんですよ」
「あっ。なるほど。すいませんです」
俄然調子が出てきた生粋の酒飲みもお母さんにタイムリミットを告げられては仕方がない。だがこのままでは夜中まで居座り飲んでいた可能性があったため、逆に良かったかもしれない。
「最後に何か召し上がりますか?」
「えっと、それでは中華そばをひとつ」
酒を飲んで最後はラーメンで〆る。生粋の酒飲みはいつでもこの王道パターンを崩さない。
この絵にかいたような中華そばが、春の夜に染み渡る。ちなみにこの「でめきん食堂」にはここ巣郷温泉郷ならではのサービスがある。現在はコロナ禍で休止しているようだが平時は店で食事をすると、漏れなく店内にある温泉に無料で入浴できるのだ。じぇじぇじぇ。さすがはメジャーリーガー大谷を輩出した岩手県。優しい夫婦が営む昔ながらの昭和の食堂は、飯を食べれて風呂も入れる二刀流だ。
ほろ酔い気分で本日の宿「静山荘」へ。黒沢駅から歩いてきたことを告げると「えっ、それなら車で迎えにいったのに!」と女将さん。とても気さくな方だ。
「部屋はこちらです。あと温泉は24時間入れますから」
お風呂はいつでも入れるのか。それはありがたい。
「あっ、でも」
「はい」
「朝のほうがいいかもしれないですね」
どうやら酔っているのがバレていたようだ。
翌朝6時、朝風呂をしにお風呂場へ。
この時間だ、きっと貸し切りだなと思いきや先客のお父さんに大声で挨拶をされた。男たちの朝は早い。お父さんと並んで熱い湯船に体を浸からせながら、朝飯に思いを馳せる。俺はなぜか旅館で食べる朝飯が大好きなのだ。
朝飯をモリモリ食べて、地元産の牛乳を飲み干す。最高の朝である。
だが大人のくせに時間の管理が著しく苦手な俺は、黒沢駅から横手駅へ向かう数少ない北上線の発車時刻が迫っていることをすっかり忘れていた。急いで旅館をチェックアウトして、小走りで駅まで向かう。調子に乗って朝から3杯も飯を食ってしまった俺はゲップが止まらない。
そしてそんな間抜けな俺に、春の日差しが煌々と降り注いでいた。
さて、今回は横手駅から巣郷温泉を目指したKANEYANの秋田ぶらり旅。秋田の駅全駅制覇のガチンコ旅も残るは田沢湖線(角館~田沢湖駅間)のみとなった。長いようで短かったKANEYANの秋田ぶらり旅。閲覧者数が伸びないようで、やっぱり伸びなかったKANEYANの秋田ぶらり旅。旅の終わりは名残惜しいが、次回はいよいよこの旅のフィーナーレに向かって角館駅から初夏の田沢湖線の旅に出てみようか。
続く。
#38【町飲み】【秋田内陸縦貫鉄道】「内陸線の終着駅・鷹巣を目指す晩冬のほろ酔いはしご酒の旅」とは?
■内陸線・合川駅近くのラーメン屋さんで昼間から一杯とは?
あの日、秋田には冬を告げる初雪が舞っていた。
昨年11月、俺は生まれて初めて秋田内陸縦貫鉄道に乗った。当日の天気は雨のち雪。俺は西明寺の温泉でビールを飲みながら、食堂の窓に映る初雪をぼんやりと眺めていた。今年もまた秋田に厳しい冬がやってくる。そんな淡い不安と哀しみを小皿に盛られた柿ピーと一緒に噛みしめた。その間にも雪は急ぎ足で降り積もり、西明寺の温泉施設クリオンの駐車場は瞬く間に銀世界へと変わっていった。
あれから4ヵ月。ようやく秋田でも雪解けが進み、春が近づいてきた。そして昨年11月に冬の訪れと共に始まった「秋田内陸縦貫鉄道の全ての駅に立ち寄る」というクレイジーな旅も今日をもって完結である。
俺は内陸線の終着駅・鷹巣駅を目指すため「秋田内陸ツーデーパス」という2日間内陸線乗り放題の貴族のようなチケットを握りしめて、その小さな電車に乗り込んだ。春を待つ内陸線の車内には中国人観光客の姿もあった。本来内陸線は海外からのお客さんが多いようだが、コロナ禍ということもありそれまでは見かけることがなかった。
いつものように角館駅から内陸線に乗りたどり着いたのは、前回最後に訪れた「米内沢駅」から一駅進んだ「上杉駅」である。俺は全盛期の林修先生のようなドヤ顔で運転士に3500円で買ったツーデーパスを見せつけ、まるで人の気配がしない無人駅に降り立った。
上杉駅の待合室にはハローワークの求人情報の紙が転がっていた。職探しをしながら、この駅から見た風景はいったい何色だっただろうか。そんなことを思いながら俺はこの殺風景な無人駅を後にした。長居すると目の前の線路に吸い込まれてしまいそうだったのである。
上杉駅から歩くこと40分。街が少しだけ賑やかになってきた。隣の合川駅に到着である。
先ずは昼飯である。合川駅付近には何軒か食事処があるのだが、俺が今回チョイスしたのは駅から少し歩いたところにある「山ちゃんラーメン」である。
店内に入ると俺はカウンターに腰をおろした。常連が集うザ・街のラーメン屋という雰囲気である。
俺は目の前で麺を茹でる店主のお父さんにビールを注文した。まだ昼の12時半である。
「兄ちゃん、車乗ってきてねぇよな……?」
コーヒーの「BOSS」のイラストがプリントされたトレーナーを着た店主は、突如現れた謎の酒飲みに困惑気味の様子である。
「……い、いえ、で、電車っス」
いつだって昼からのビールは後ろめたさと隣り合わせだ。
「へへ、それなら良かった」とBOSSのトレーナーのお父さん。
俺は夢見心地のまま、ビールをコップに注いでおもむろに口に運んだ、つもりだったが勢い余って若干ビールが鼻に入った。ビール色の鼻水を垂らしながら、ひとりで勝手に祭り気分である。
ビールにはもちろん餃子が無くてはいけない。店内のテレビにはTHE ALFEEがゲストの「徹子の部屋」が映っている。「3人合わせて201歳でございます」なんつってゲストを紹介するトットちゃんを見ながら、餃子を食って昼からビールを飲む。どこかの国では血なまぐさい出来事が起きているけれど、日本も俺も平和すぎて泣けてくる。
ビールを飲み干した後は焼き干しラーメンを注文。13時半を過ぎて、気づけば店内には俺も含めてお客さんは2人だけ。繁忙が終わったラーメン屋さん特有の緩い空気と一緒にラーメンを啜る。
北秋田市の小さな町の小さな食堂で、俺はまたひとつ平和と幸せを知った。
■春直前の内陸線沿線ほろ酔いぶらり旅とは?
餃子、ビール、そして〆にラーメンと昼間から欲望の限りを尽くし、ほろ酔い気分で北秋田市をぶらぶらと歩く38歳。春休み中の子供たちには絶対に見せてはいけない姿である。
すっかり出っ張ったお腹をさすりながら、ひとまず次の「大野台駅」を目指す。
春直前の内陸線沿線ぶらり旅は、いつの間にか山道へ。薄っすらと積もった道路には小動物の足跡が生々しく残っている。冬眠が終わり暇つぶしにこの辺をパトロールしている熊さんにバッタリお会いしたらどうしよう。ガサコソと何かが揺れる音がするたびに、危うくおしっこを漏らしちまいそうである。
半分ぐらいおしっこをちびりながら何とか山道を脱出すると、再びスッキリとした青空が見えた。
大野台駅に到着。大野台駅は昭和40年に地元住民の要望によって誕生したいわゆる「懇願駅」だが2022年現在駅に人の姿はなく、近所の工事現場の音だけがひとけのないプラットホームにただ響いていた。
昼酒をかましたとき特有のちょっぴり気だるい体を引きずって、大野台駅で再び内陸線に乗り辿り着いたのは付近に世界遺産の「伊勢堂岱遺跡」がある「縄文小ケ田駅」である。
縄文小ケ田駅の待合室には「秋田内陸線ガチャ」が設置されている。今ならお土産用の縄文マグネットや秋田内陸線オリジナルのモバイルリングホルダーが購入可能だ。
これ、いったい誰が欲しいんだろう……、というツッコミはもちろん禁止だ。
そして肝心の世界遺産「伊勢堂岱遺跡」は残念ながらまだ雪に埋もれていた。春が近くて遠い北秋田の夕暮れである。
■地元住民が集う鷹巣の名酒場「四季」とは?
西野鷹巣駅に到着。長かった秋田内陸縦貫鉄道の旅もいよいよ終点の鷹巣駅を残すのみである。だがその前に酒場へ向かわねば。俺は陽が落ちて夜が顔を出し始めた鷹巣の街を歩き本日お目当ての酒場へと向かった。
西野鷹巣駅から歩くこと10分。今宵はここ「酒どころ 四季」でひとり酒である。
やや年配のお父さんとお母さんで営む地域密着型の酒場である。俺が座ったカウンターの横ではすでに常連さんたちが良い塩梅だ。
いつものように瓶ビールを頼んでお通しを食べながら、黒板メニューを眺める。今日は魚で攻めるか肉で攻めるか、好物の馬刺しなんかも捨てがたい。と、そのとき隣の常連さんが頼んだ「マグロの刺身」をチラ見すると、これがめちゃくちゃ旨そうだ。そんなわけで俺は常連さんの真似をしてマグロを頼んだのだが、これが大当たりである。
まさか秋田の内陸部に位置する北秋田市で、絶品のマグロに出会えるとは思わなかった。ひとりご満悦の俺の横では常連さんと店主が葬式の話をしている。秋田では目を背けることができない社会問題を横目に俺はひとりマグロの余韻に浸るのであった。
今日は魚で攻めようと決意した俺は酒を焼酎のお湯割りに変えて、カワハギの刺身を注文した。秋田産の生粋の地元っ子は珍しい肝付きだ。間違いないっ。往年の長井秀和のような独り言が飛び出しそうになったとき、「兄ちゃんもどう?」と店主からどぶろくのサービスがあった。
昨年の秋に同じくこの内陸線の旅で訪れた上桧木内の旅館で振舞っていただいて以来、人生2度目のどぶろくを手元のお湯割りをチェイサーにして嗜む。
「兄ちゃん、これが日本のワインだ。うめが?」
陽気な常連さんや店主に囲まれて酒が進む鷹巣の夜である。
■秋田内陸縦貫鉄道の終着駅・鷹巣の人気店で啜る〆の蕎麦とは?
すっかり酔っぱらった俺はその足で秋田内陸縦貫鉄道の終着駅である「鷹巣駅」に向かった。
本日は最後にもう一軒。〆の蕎麦を食べるべく向かったのは鷹巣駅から歩いて5分ほどのところにある「手打ちそばと比内地鶏の店・いな穂」である。
〆の蕎麦を食べに来たつもりだが、なかなか日本酒も豊富だ。比内地鶏の焼き鳥も気になる。神様、もう少しだけ。〆るつもりが、ついついもう一杯という酒飲みの悪い癖がここでも炸裂である。俺は日本酒「春霞」と比内地鶏の焼き鳥を注文した。
日本酒用のお猪口は自分でチョイスできるサービスがあるようだ。これは酒飲みにとっては何気に嬉しい。
日本三大地鶏の一角である比内地鶏を秋田の名酒「春霞」で合わせる。春を待ちきれない晩冬の贅沢である。
そして旨い手打ち蕎麦と秋田内陸縦貫鉄道の旅のフィナーレを同時に噛みしめる。累計94.2キロの秋田の内陸部を繋ぐ鉄道の旅。憂鬱な冬の始まりにスタートした「内陸線の全ての駅に立ち寄る」という摩訶不思議なアドベンチャーの旅はここ北秋田市の鷹巣駅でどうやらゴールのようである。
鷹巣駅近くのビジネスホテルに一泊した俺は翌日、角館駅行きの始発電車に乗った。人がまばらの青色のワンマン電車は眠たそうにゆっくりと走り出した。3月の朝はまだまだ寒い。
だけど澄んだ空気の先に、少しだけ春が見えたような気がした。
さて、今回は内陸線の終着駅を目指したKANEYANの秋田ぶらり旅。2020年の夏に唐突に始まったこのぶらり旅だが、残るはJR北上線(横手駅~黒沢駅)と田沢湖線(角館駅~田沢湖駅)のみとなった。いよいよ終盤戦に差し掛かってきたこのブログだが、ひとまず今回をもって秋田内陸縦貫鉄道に別れを告げて、次回は春の北上線の旅に出てみようか。
続く。
#37 【歩き旅】【秋田内陸縦貫鉄道】「ローカル電車で行く阿仁合&米内沢の地元で愛される名スポット巡り旅」とは?
■地元で愛される阿仁合の駅前食堂「高田食堂」とは?
俺にとって幸せとは何か。
俺も気づけば30代後半。楽しいことならいっぱい、夢みることならめいっぱいなヤングな頃はとっくに過ぎて、ふとそんなことを思う数も増えた。
と、いきなり変なテンションで始まった今回のぶらり旅だが、こんな俺でも時には幸せを感じることがある。それは給料日にスケベな店へ行くとき……あっ、ごめん間違えた、電車旅の前に駅のコンビニで缶ビールを買い、そして電車の出発と同時にそいつを開ける瞬間である……。
さて、今回は阿仁合駅から米内沢駅を目指す内陸線の旅だが、スタート地点の阿仁合まで行くには角館から電車で1時間半以上かかる。まぁのんびり行こう。俺は座席に腰を下ろすと角館駅前のNewDaysで買った缶ビールをスタンバイして電車の出発を待った。そう、まさに俺の至福のひとときである。
いい日旅立ち。旅はいつでも日常を少しだけ非日常に変えてくれる。いつも飲んでいるスーパードライではなく1本300円もするクラフトビールを買ってしまうのも旅のテンションならではだ。俺は山口百恵さんの名曲を心の中で奏でながら、電車がゆっくりと動き出すのを待って窓際の缶ビールに手を伸ばした。
と、そのときふと思った。いくらガラガラとはいえ、このコロナ禍で電車内で酒を飲むのはマナー違反ではないだろうか。だがすでにビールの缶を空けてしまった。俺はキョロキョロと四方を見渡した。そして親に隠れてタバコを吸う高校生のような面持ちで、その空色の鮮やかなパッケージを隠しながらチビチビとそいつを飲んだ。
30分後、電車が上桧木内を過ぎたころ、俺は車内のトイレにいた。朝の10時からビールを飲んだ俺のナイーブなお腹が悲鳴をあげたのである。いい日旅立ち。男の小さな幸せはいつだって痛みと引き換えである。
下っ腹を抑えながら阿仁合駅に到着。昨年11月から月イチペースでのんびりと敢行している秋田内陸縦貫鉄道の旅。今回はここ阿仁合駅から5駅先の米内沢駅を目指す計画である。
俺が先ず向かったのは阿仁合駅から歩いて10分弱のところにある「高田食堂」である。その外観のビジュアルからは、生半可な観光客なら思わず後ずさりしてしまいそうなオーラが漂っている。
店内に入ると、親切そうなお母さんが迎えてくれた。おススメのカレーラーメンを注文して待っていると、地元のお父さんが店内に入ってきて慣れた手つきで自分用にお茶を淹れはじめた。お父さんは白飯とラーメンをオーダー。後から入ってきた別のお父さんはなべ焼きうどんだ。
もしかしたら人生で初めてかもしれないカレーラーメンを啜っている最中もお母さんは忙しげだ。
「ちょっと出前行ってきます」と俺と地元のお父さんたちを残しお母さんは外出。仮に俺が食い逃げしたら、ラーメン&ライスをモリモリ食べている地元のお父さんが店のお母さんの代わりに俺を追いかけてきそうだ。高田食堂。そこは古き良き昭和の香りが色濃く残る地元民御用達の駅前食堂である。
■映画「君の名は」の隠れた聖地「前田南駅」とは?
お昼の12時。カレーラーメンを食べ終えた俺は歩いて阿仁合駅の隣駅である「小渕駅」へと向かった。1日の運行本数が少ない秋田内陸縦貫鉄道は次の電車が15時過ぎまでやってこないのである。
歩くこと1時間。ようやく見えた「小渕駅」は阿仁エリアのシンボルとなっている「阿仁合駅」とは打って変わって、民家の片隅に居心地悪そうに佇んでいた。
午後の休憩に入った内陸線はまだ当分やってくる気配はない。もちろん小渕駅に人の姿はなく、寂れた待合室には哀愁の風が吹いていた。
3月になりいよいよ厳しい冬を脱出しそうな阿仁地方の澄んだ空を眺めながらさらに歩く。目指したのは次の「前田南駅」である。
実はここ前田南駅は、新海誠監督のアニメ映画「君の名は」に登場する架空の駅「糸守駅」のモデルとなった駅とされている。とはいえ劇中の「糸守駅」はたしか岐阜県の設定だったし、あくまでもネット上の噂で制作サイドから公式的に発表されたわけではない。
だがそこは赤字の噂が絶えない秋田内陸縦貫鉄道である。観光客を迎え入れようとこの話題に便乗し聖地巡礼用に駅ノートを設置したのはもちろん、映画公開直後の2016年当時は普段「前田南駅」をスルーする急行列車を臨時停車させたほどの力のいれようである。
さらに駅の待合室には劇中に登場した「口噛み酒」もちゃっかり完備。なかなかの便乗具合である。まさに内陸線が起死回生を狙った君の名はムーヴメント。だが2022年現在、残念ながら駅に人は誰もいなかった。本当にこの「前田南駅」は「糸守駅」のモデルになったのか。そしてコロナが終わったら、また各地からこの駅に人々が聖地巡礼に訪れるのか。
いずれにしても新海誠監督が内陸線存続のカギを握っていることは間違いない。
■秋田県内唯一の温泉のある駅「阿仁前田温泉駅」とは?
RADWINPSのあの名曲を口ずさみながら前田南駅を後にして、さらに内陸線沿いを歩き進めるとひときわド派手な建物が見えた。「阿仁前田温泉駅」である。
せっかく県内唯一のwith温泉駅である「阿仁前田温泉駅」までやってきたのである。ここはひとつ夕方からの飲酒にそなえてこの駅ナカ温泉で温まるのも悪くはない。ただ次の電車が発車するまであまり時間がない。俺はデザインのセンスがちょっぴり微妙なその駅舎の階段を昇り、急ぎ足で駅に併設されている温泉施設「クウィンス森吉」へと向かった。
まだ冬の残り香が漂う3月初旬の旅にそなえ、まるでスキーヤー並みのモコモコ重装備だった俺は速攻でそいつらを剥ぎ取り、すぐさま風呂場へとむかった。とにかく時間が無いのである。
風呂場の扉を開けると、湯上りの体を火照らせた高齢のお父さんが仁王立ちしていた。お父さんをすり抜けて幼少期だったらお母さんに「ちゃんと体を洗いなさい」と怒られるレベルで適当に体を洗い流し、湯船に浸かった。まだ夕方前の駅内温泉は意外と混んでいたが、皆一様に各々のルーティーンでその場を過ごしている。まるで街の銭湯のような雰囲気である。
秋田唯一の駅ナカ温泉「クウィンス森吉」。そこにあったのは観光スポットとしての雰囲気ではなく、厳しい冬を過ごす北秋田市のお父さんたちの凛々しい背中だった。
風呂からあがった俺は阿仁前田温泉駅から内陸線に乗って次の駅を目指した。「桂瀬駅」である。
その渋めの待合室で本日の目的地である米内沢方面に向かう次の電車を待つ。ちなみに桂瀬駅の向かいには創業48年の床屋さん「理容カツラセ」がある。床屋さんに設置されてある赤と青と白の三色看板を眺めながら、夜の酒と肴に思いを馳せる。
北秋田市の晩冬の空に赤みが加わってきたころ、お待ちかねの内陸線がやってきた。ローカル電車で行く名スポット巡りはどうやら今回も酒場が終着駅のようである。
■地元で愛される人情酒場で鍋をつつきながら至極の一杯とは?
米内沢駅に到着。待合室では「笑う岩偶」が3000年のスマイルをたたえながらセイハロー。そして音楽と笑顔の駅にはなぜかサラリーマン金太郎がコンプリートされていた。
米内沢駅から歩くこと20分。夜が来る一歩手前の米内沢の住宅街を歩きたどり着いたのは「酒肴ろくべえ」である。
店内に入ると気さくなお父さんとそのお弟子さんらしき若い男の子が迎えてくれた。奥の座敷では地元の団体さんがさっそく一杯やっている。
お通しを食べながらメニューと睨めっこしていると「塩ちゃんこはどう?」とお父さん。どうやら団体さん用に出す鍋の材料がちょうど一人分余っているようだ。晩冬の夜に鍋も悪くない。だけどその前にどうしても食べたいものがあった。馬肉のタタキである。
酒と肴と幸福を同時に噛みしめる米内沢の夜。俺はビールを飲み干すと手元の酒を焼酎「ろくべえ」の水割りに変えた。今日はこの店の冠を背負ったこの酒で、時間が許すまで夜を過ごそうと決意したのである。
満を持して鍋を注文。冬の肴は鍋に限る。店主が準備に取り掛かる。俺は焼酎をおかわりして具材が煮えるのを待った。
たくさんの野菜に、海老、蟹、ホタテ、鮭、つくねに銀杏、いったい何種類の具材がその出汁の中にスタンバイしているのだろうか。
「旨いっス」
思わず店主に向かって俺は言った。人間はハピネスを感じると心が素直になるものである。鍋をつつきながら店主に告げる「スイマセンもう一杯」は今宵何度目か。米内沢の夜に焼酎が進む。
やはり冬の肴は鍋に限る。そう一人合点した俺は内陸線の終電に乗るために米内沢駅へ向かった。先ほどは夕暮れだった駅舎はすっかり夜の闇に包まれていた。もうすぐ米内沢駅に本日最後の電車がやってくる。酔った。酔っぱらった。そして腹もいっぱいだ。だが今日はなんだか心まで満たされた気分。
いつものように千鳥足で駅のホームへと向かう。そんな俺の後ろ姿を、この駅のシンボルと思われる岩偶が3000年のスマイルをたたえながら見つめていた。
さて、今回は阿仁合と米内沢の地元民御用達の名スポットを巡ったKANEYANの秋田ぶらり旅。そして長く続いた秋田内陸縦貫鉄道の旅もいよいよ終盤戦である。次回はさらに内陸線を進んで、この鉄道の終着駅である「鷹巣駅」を目指してみようか。
続く。
#36 【冬旅】【秋田内陸縦貫鉄道】「阿仁合駅前の人情酒場を目指す大寒の秋田内陸縦貫鉄道ぶらり旅」とは?
■マタギの里の最終兵器・駅前食堂の「ゴジラライス」とは?
忍び寄るオミクロンと除雪車。
冬の秋田県民は除雪車が家の前を通る音で目を覚ます。まだ陽の昇らない暗闇の中、早朝からせっせと雪よせのためスコップとスノーダンプの音が響き渡る秋田のリアル。更に最近は秋田でもオミクロン株の影響でコロナ感染者が増えており、もはや秋田の明るい話題と言えば県内出身のグラビアアイドルももなちゃんが週刊FLASHで超ド級のMカップバストを披露したことぐらいである。
そんな中、俺は性懲りもなく真冬の内陸線・比立内駅にいた。季節は大寒。もはや旅に出るよりコタツでみかんでも食べながら、巨乳アイドルのパイオツを眺めていたほうが賢明なのはわかっている。だが俺は行く。事前に予約した阿仁合駅前にある酒場の店主が、俺の大好物である馬刺しを用意して待っているのだ。そんなわけで今回はここ「比立内駅」から5駅先の「阿仁合駅」にある人情酒場を目指す酒と馬刺しに魅せられたコロナ禍のお忍び旅である。
「比立内駅」は前回の旅で最後に訪れた駅だが、相変わらず駅の入口に佇んでいる木彫りの熊は鋭い眼光で駅の利用者をひたすら威圧している。
俺は駅を出ると5分ほど歩いたところにある食堂「ニュー安滝」へと向かった。そう、前回の旅で最後に酔った勢いで激辛ラーメンを食べた店である。実は比立内駅を出ると阿仁合駅までしばらくご飯処が無いため、ランチ営業もしているこの店で少し早い昼飯を食べようという魂胆である。
前回、夜に訪れた際は美人なママさんもいらっしゃったがランチは寡黙なご主人がひとりで切り盛りしている。さて、何を食べようか。マタギの里ということで桜肉定食も気になるが、豊富なメニューの中から俺がチョイスしたのは「ゴジラライス」である。
ゴジラライス。それはゴジラの体格のように、超ド級のメガ盛りご飯なのか。それともゴジラが吐く放射熱線のように、超灼熱の激辛料理なのか。だが俺はそろそろ糖質を控えねばならないお年頃だし、最近は辛い物を食べるとすぐ下痢になる。ゴジラに俺のナイーブなケツを破壊させられたらどうしよう。そんなことを考えていると、噂のゴジラライスが到着である。
なるほど。その正体は豚モツをスパイスで煮込んだカレー風の料理である。これはこれで旨いのだが、それほど辛くもないしゴジラ感は影を潜めている。どちらかと言えば皿の隅に陣取っているラッキョウからやけにノスタルジーを感じる一品だ。
カレーなようで、カレーとはちょっと違う懐かしくて新しいマタギの里の最終兵器。だがなぜこれをゴジラライスと名付けたのだろうか。肝心なことをご主人に聞くのを忘れてしまった。
■秋田内陸縦貫鉄道の無人駅を巡る大寒の歩き旅とは?
腹がいっぱいになったところで比立内駅から再び内陸線に乗って隣の「岩野目駅」へ。予想通り駅周辺に人の気配はない。だがさんざんこの旅で無人駅を渡り歩き鋼のメンタリティを手に入れた俺は、孤独に屈することなく歩いて次の駅を目指すことにした。
笑内駅に到着。おしっこが漏れそうだったため用を足そうと駅のトイレに駆け込むと、除雪作業中だった先客のお父さんのお尻がセイハロー。「あっ、スイマセン」「こちらこそスイマセン」オカシナイのトイレを巡ってオッサンふたりが平謝り。周囲にコンビニなどが皆無のこの地域では、笑内駅の公衆トイレが男たちの貴重な排尿ポイントのようである。
徒歩旅は続く。さらに歩いて隣の萱草駅へ。チクショー疲れたぜ。寒いぜこの野郎。それにしてもなぜ俺は歩いているのだろう。寒さと疲労でさすがの鋼のメンタリストも、ここに来て自分に迷いが生じているようである。天気が良いのがせめてもの救いだ。
あぶないぞ! ひっぱられたら 大声だ
阿仁合小学校4年生松橋麗さんの変質者に対しての注意喚起を横目に、黒いジャンパーに黒いズボン、黒い帽子を被りマスクに眼鏡姿の俺は萱草駅に到着した内陸線に乗った。
荒瀬駅に到着。いよいよ隣の駅が本日の目的地「阿仁合駅」である。俺は疲れたアラフォーの体に鞭打ち、歩いて阿仁合駅を目指した。
だがここに来てそれまでは快晴に近かった天候が悪化。いくつになっても移ろいやすい冬の天気と女心の操縦は困難だ。俺は阿仁のお天道さまに翻弄されながら駅がある中心街を目指した。嗚呼、早く酒が飲みたい。駅前の人情酒場はもうすぐである。
■秋田内陸縦貫鉄道の全てを投じた阿仁地域のシンボル「阿仁合駅」とは?
阿仁合駅到着。2018年にリニューアルしたばかりの駅舎はさっきまでの無人駅とは打って変わって、その斬新なデザインに秋田内陸縦貫鉄道の意気込みが伝わってくる。他の駅はスルーして全てはこの駅に。まさに阿仁合駅は内陸線の資金や熱量を全フリした駅である。
駅構内には観光客向けにお土産用の売店もしっかり完備。駅の隣には内陸線の資料館も併設されている。
駅前には珍しい無人の本屋さんがある。こんなに寒い日は心温まる瀬戸内寂聴先生の短編集がおススメだ。
酒場に向かうにはまだ時間が早いため、駅の中にある食堂で休憩。普段は絶対食べないものに、なぜか手を出してしまうのが旅のマジックである。俺は店前の看板に魅せられて、上桧木内産の甘酸っぱい木イチゴが添えられたミニパフェと紅茶をオーダーした。
ミニオジサンとミニパフェの大いなるミスマッチ。キンキンに冷えた木いちごを侘しさと一緒に紅茶で流し込む。それしても冷たい。パフェというより、完全にアイスである。これはいろいろと間違えた。ひとり呟く阿仁合の昼下がり。まぁそんなこともある。冷えた体がさらに冷えたところで、売店のお母さんに尋ねてみる。「このあたりに観光スポットはないですか?」「観光? 特にないですね~」「そうですか」まぁそんなこともある。「すいません、バター餅をひとつ」実は餅があまり得意ではない俺だがお母さんに話しかけた手前、手ぶらで帰るわけにもいかず阿仁の名物を購入。まぁそんなこともある。
■阿仁合駅前の人情酒場の馬刺しで一杯とは?
阿仁合駅前にある居酒屋「平八」で今宵はひとり酒。店に入ると気さくなご夫婦が迎えてくれた。さっそくカウンターに座り、今日のメインイベントのスタートである。
ちなみにこの店にメニューはなく、予算や希望を聞いて店主が料理を出してくれるお任せスタイルである。
そしていよいよ事前にリクエストしていた好物の馬刺しの登場である。北秋田市阿仁地方で味わう至福のひととき。
「ああ、旨いっス」
思わず本音が溢れ出る。
「そうか。旨いか。へへへ。これは知ってるか? 馬のタテガミ」と店主のお父さん。
「タテガミ??」
「これと馬刺しを一緒に食べてみ」
「一緒に?」
おそるおそる馬刺しと一緒にこの白い物体を口に運んでみる。
「うまっ!」
「へへへ。旨いでしょ」
タテガミと聞くと馬の毛を想像するがその正体はどうやら馬の首部分のようである。そいつをお父さんに教わったとおりに赤身の肉と一緒に口へ運べば、全盛期の辻ちゃんと加護ちゃん並みに相性が良い。
「麻雀はやるか?」
「まぁ多少は」
「おっ、そうか」
そう言ってお父さんはテレビを夕方のニュースからスカパーの麻雀番組に切り替えた。馬刺しをつまみつつ、隣で晩酌を始めたお父さんと一緒にキャバ嬢風のお姉ちゃんたちが雀卓を囲むマニアックな番組を眺める阿仁合ナイト。このご時世でなかなか人が来ないと嘆いていたお父さんだが、この日は店に常連さんが集まっていた。いつでも人が酒で楽しんでいる様子はいい。
お父さんお気に入りの麻雀番組が終了したため、テレビは小学生が習う問題を大人が答えるクイズ番組に切り替わった。店のお父さんお母さん常連さん、そして俺、全員総出で目の前のクイズに挑む酒飲みたちのちょっぴりクレイジーな夜。
すっかり良い気分になったところで店を出て、まばゆくライトアップされた阿仁合駅へ。奇麗なイルミネーションとは裏腹に売店や食堂の電気が消えた駅の中はどこか寂しげだ。
秋田の長い冬はもう少し続く。2月になるとそれまでの冬の疲れがどっとやってくるのは俺だけだろうか。だが確実に春の桜は近づいている。そんなことを思いながら帰りの内陸線。
電車はゆっくりと暗いトンネルを抜けた。帰りに酒場のお母さんからもらったノンアルビールを飲み、お父さんからもらったビスケットを食べながら、また明日。
さて、今回は大寒の阿仁エリアを歩きまわり、最後は例によって阿仁合駅前の人情酒場で酔っぱらったKANEYANの秋田ぶらり旅。今年もコロナと雪に翻弄される秋田の冬だが、次回はさらに内陸線を進んで、晩冬の「阿仁前田温泉駅」や「米内沢駅」を目指してみようか。
続く。
#35【新年ひとり旅】【秋田内陸縦貫鉄道】「冬の秋田内陸縦貫鉄道で行くマタギの里の旅」とは?
■県内一標高が高い「戸沢駅」から始まる秋田内陸縦貫鉄道の旅とは?
「えっ、と、戸沢駅ですか?」
秋田内陸縦貫鉄道・角館駅の窓口で係のお父さんはそう言って目を丸くした。
この日は三連休の初日のため、内陸線に乗る観光客で角館駅の改札付近は混んでいた。窓口のお父さんは「阿仁合までですね」などと言いながら、慣れた手つきで切符に切り込みを入れてお客さんに渡していた。
そんな折、周りに温泉、食堂、観光スポットといった気の利いたものは一切無く、ただ無駄に標高が高いだけの「戸沢駅」までの切符を求める男がいた。俺である。窓口のお父さんも、えっ、と、戸沢駅ですかと若干困惑気味だ。そんな秋田内陸縦貫鉄道屈指のマニア向けの駅から始まる今回のぶらり旅。俺は一抹の不安を抱えながら、ひとまず観光客で賑わう三連休初日の内陸線に乗り込み、戸沢駅へと向かった。
標高315メートルの「県内一てっぺんの駅」と謳われているその駅は、俺から凄い勢いで体温を奪っていく。マジで命の危険を感じる寒さだ。ちなみに今回の旅はここ戸沢駅から3駅先の「比立内駅」を目指す計画である。
駅のホームからはトンネルが見える。まるで魔境への入り口のようだ。
さて、次の電車が到着するまで約2時間もある。一応このぶらり旅は「全ての駅に立ち寄る」というのがルールのため、俺はひとりでこの殺風景な無人駅に佇んでいるわけだが、待合室にはもちろん暖房設備は無く、歩こうにも次の「阿仁マタギ駅」までは約10キロぐらいある。GoogleMapを開いてみても戸沢駅近辺はまるでスカスカで、一番近いコンビニでさえ20キロ先と遥か彼方だ。
時間を潰すために駅近辺を探索しようとしたが、あまりにも雪が多く5秒で断念。
「アラフォー男性が無人駅で凍死か?」
新年早々、秋田魁新報の片隅にそんな見出しが躍ることになるかもしれない。そんなことを思いながらまるで滝行のような時を過ごすこと約2時間、ようやく「阿仁マタギ駅」行きの電車が到着した。気を取り直して、いざマタギの里へ。俺は溢れる鼻水をジャンパーの裾で拭いながら、再び内陸線に乗車するのであった。
■阿仁マタギ駅近くにある温泉施設「マタギの湯」とは?
阿仁マタギ駅に到着。電車を降りるとさっそくマタギの旦那がセイハロー。「ちびまる子ちゃん」に出てくる藤木くんのような唇をしている。あまり健康そうには見えないが大丈夫だろうか。
先ず俺が向かったのは阿仁マタギ駅から約2キロ先にある温泉施設「マタギの湯」である。資料館も併設されているこのマタギの湯では「熊肉ラーメン」なんていうマタギの里ならではの料理も食べられる。酒と温泉と熊肉ラーメン。何も無人駅で孤独と戦うだけが旅ではない。熱い温泉に入って旨いものを食べて、ついでにビールを嗜む。これこそが真の旅の姿である。
だが入館して早々、俺はあることに気がついた。食堂が閉まっているのである。すでに時刻は昼の1時を回っていた。この施設を除くと近くに食堂は見当たらない。俺は低いトーンでグーグーと鳴り響く下っ腹を抑えながら、ひとまず風呂に入ることにした。
チラリと雪が舞う露天風呂に浸かりながらビューティフルホリデー。薄い壁を挟んだ向こうからは女性の声が聞こえる。おそらく女湯なのだろう。高まる鼓動と高まる血圧。いつだって女湯は男のロマンだ。だが俺は踏みとどまった。薄い壁の向こうにいる人たちは明らかに俺のオカンぐらいの年齢である。
昼間からやらしいことを考えてしまった罰が当たったのか、コインロッカーに入れた100円玉がなぜか返ってこなかった。それもそうだ。よく見たら、いやよく見なくてもわかるが、大きな文字でばっちり「故障中」と書いてある。マジか。マジだよ。マタギの里の洗礼を受けながら、ひとまず風呂上がりにビールでも飲もう。
だがここで俺は再びあることに気がついた。ビールこそ売店で販売はしているが、休憩スポットの大広間に電気が点いていないのである。受付のお父さん曰く現在はコロナ禍のため大広間は開放しておらず、更に食堂以外では飲食も禁止らしい。
夢に消えた酒と温泉と熊肉ラーメン。それにしても腹減ったぜ。1月の寒空にそう呟きながら、再び俺は阿仁マタギ駅まで戻り、内陸線に乗り込むのであった。
■演歌「無人駅」のMVの舞台となった奥阿仁駅とは?
奥阿仁駅に到着。先ず目についたのは待合室にデカデカと掲げられた『演歌「無人駅」の駅』という文字だが、実はAKB48から演歌歌手としてデビューした岩佐美咲さんのファーストシングル「無人駅」のミュージックビデオにここ奥阿仁駅が登場するのである。
ちなみに演歌「無人駅」の作詞はもちろん泣く子も黙る秋元康さんで、この曲のキャッチコピーは「誰もいなくても、あなたなら信じられる」である。
いつだって女の恋愛と冬の無人駅は孤独で切実なのだ。
奥阿仁駅から歩いて本日の目的地である「比立内駅」を目指す。
奥阿仁駅に向かって歩いているとバス停を発見。そう、俺は何も好き好んで冬空の下をテクテクと歩いているわけではない。もしも比立内駅方面に向かうバスがあれば速攻でそれに乗り込むフットワークの軽さは持ち合わせている。
だが雪に埋もれているバス停を覗いてみると、時刻表はまるでスカスカだった。ついでに山道に迷い込んだため、頼みのiPhoneも圏外だ。打ちのめされた心に吹き荒ぶ冷たい奥阿仁の風。2022年も秋田ぶらり旅は孤独との戦いだ。
iPhoneもお手上げの殺風景なマタギ街道をひたすら歩くこと1時間、ようやく道の駅「マタギの里」に到着。
だが熊が持っている「WELCOME」という看板とは裏腹に館内はすでに撤収モード。食堂もすでに閉店している。まだまだ続くマタギの里の洗礼を浴びながら俺は再び歩き始めた。酒が俺を呼んでいる。今日の目的地である比立内駅はもうすぐだ。
■比立内の食堂ツートップを巡るはしご酒の旅とは?
比立内駅に到着。待合室ではリアル熊とキュートなリラックマがコラボレーション。リラックマは未だにサンタとトナカイ仕様だ。そう、年が明けてもまだまだ阿仁のクリスマスは終わらない。
今宵はここで一杯。比立内駅付近にある食堂「ゆさんこ」である。現在夜の営業は予約制のようで、今日はわざわざ俺のために店を開けてもらえることになった。ありがたいけど、ここはたらふく酒を飲んで恩返しせねば。俺はよくわからない使命感を抱えながら店の扉を開いた。
店内に入ると店主のお父さんが迎えてくれた。いつもならばここでビールをがぶ飲みするところだが、如何せん体が冷え切っている。ここはひとつ焼酎のお湯割りからスタートである。つまみは奮発して2000円のおまかせセットを注文した。
2000円のおつまみセット。その内容はまさにザ・つまみである。店のテレビに映る春高バレーを眺めながら、ひとりでこっそりパーティタイム。お父さんは基本的に厨房にいるため店内は俺のみだ。お父さん作のおつまみセットをモリモリ食べながら、エンドレス焼酎。どんな状況でも酒を飲んでいればなんとなく楽しめるのが俺に与えられた唯一の長所である。
ここ比立内駅付近の食堂はここ「ゆさんこ」と「ニュー安滝」という店のツートップ体制である。すきっ腹に熱い焼酎を流し込んだ俺は既にだいぶ出来上がっているが、もう一方の店も気になる。ここはひとつマタギの里ではしご酒の敢行である。
雪道を細心の注意を払いながら歩き、それでも転びそうになりながらたどり着いたのは比立内の吞兵衛たちの秘密基地「ニュー安滝」である。
渋いマスターと美人なママさんのふたりで営業しているようだ。隣のテーブルでは地元の方々の宴会が繰り広げられ、カウンターでは常連らしきお父さんが演歌のテレビ番組を肴にほろ酔いモードだ。店内はなかなかの広さである。
ここでも引き続き熱い焼酎をやりながら、メニューを眺める。先ほどの店で料理はそこそこ食べてきたのだが、なぜか激辛ラーメンが気になる。俺は「酔うと激辛を食べたくなる」という悪癖があるのだ。何とも体に悪そうな癖だが、残念ながらこの場に俺の暴走を止めてくれるひとは誰もいない。
「すいません。この激辛ラーメンは、めちゃくちゃ辛いですか?」
「まぁまぁ辛いですけど、YouTubeでやってるような、そういう辛さではないですね」
もしかしたら夜にフラっと現れた俺のことを美人ママさんは「さすらいの激辛YouTuber」だと思ったかもしれないが、ひとまず手元の焼酎を飲み干してラーメンが到着するのを待った。
マタギの里の夜の終わりに激辛ラーメンを啜る。ちなみにとてもどうでもいい話だが、この日の翌日が俺の38歳の誕生日だった。
店主とママさんに見送られながら夜道を歩く37歳最後の日。ハイカロリーをぶち込んだ腹はもちろんパンパンだ。
そして比立内駅で待ち受けていた熊は、そんな俺をとても哀れんだ目をしてぼんやりと見ていた。
さて、今回は冬のマタギの里を探索した2022年最初のKANEYANの秋田ぶらり旅。ただひたすら次の電車を待つしかなかった無人駅から始まり、最後に激辛ラーメンで〆るというよくわからない構成を反省しつつ、次回は内陸線をさらに進んで、この路線の中枢となる「阿仁合駅」を目指してみようか。
続く。
#34【年末ひとり旅】【秋田内陸縦貫鉄道】「上桧木内の人情旅館を目指す秋田内陸縦貫鉄道各駅降車の旅」とは?
■内陸線・松葉駅近くにある独自路線の老舗ラーメン店「かしわ家」とは?
まもなく2021年が終わる。
37歳、独身。今年プライベートで女性と会話をしたのは母、姉、親戚のおばさん、そしてテレビの向こうの芦田愛菜ぐらいである。今世界中の孤独が俺と先日3度目の離婚をした「いしだ壱成」に集められているのではないか。そんなことを考えていたら家の玄関の前ですっ転びそうになった。もはやたまたま通りかかった野良猫でさえも俺のことを「なんだこいつ」という目で見ている。
やばい。またもや得意のロンリーポエムを奏でてしまった。こんなのをたまたまネットサーフィンしていた芦田愛菜に見られたら確実に嫌われる。ここはひとつこの大人気ブログ(1日平均閲覧者数5人)で旅好き女子が喜ぶ秋田のスペシャルスポットを紹介して、モテモテ秋田ブロガーの称号を手にしよう。
そんなわけで俺は寂しさと切なさと心強さを小さなリュックに詰め込んで今年最後の旅に出た。雪と共に行く冬至の秋田内陸縦貫鉄道の旅。今回は前回の旅で最後に訪れた「羽後長戸呂駅」の隣駅である「松葉駅」からスタートである。
角館駅から内陸線に乗り「松葉駅」に到着。今回はここ松葉駅から3駅先の「上桧木内駅」を目指す計画である。
この地域では小正月行事として、上半身裸の男たちが雪を踏みしめながら勇ましく集落を走り回る「松葉の裸参り」が行われているようだ。ちなみにYouTubeではふんどし姿の地元の猛者たちが冷たい川に飛び込んでいくガキ使の罰ゲームをも凌ぐパンキッシュな動画を見ることができる。要チェックだ。
そんな屈強な漢たちが支えているここ仙北市西木町桧木内だが、このエリアの名スポットのひとつが松葉駅近くにあるラーメン店「かしわ家」である。
店内に入ると人の良さそうなお父さんが迎えてくれた。どうやらお母さんが料理担当で、お父さんが接客担当のようである。
店の壁にはDIY感満載のメニュー写真と絵が並んでいる。どうやら味噌ラーメンが看板メニューのようである。大黒柱の白みそにするか、特製辛口の赤みそにするか。そういえば最近辛い物を食べるとどうも肛門がゆるい。無人駅が続くこのエリアでは満足にトイレもないだろう。腹が下った日にはもはや地獄行きだ。
そんなわけで今回は「白みそラーメン」を注文。店内は平日にも関わらずなかなかの賑わいである。若い男子から高齢のお父さんまでこの店のラーメンを求める漢たちが全員集合。噂通りの人気店のようだ。
白みそラーメンが到着。名前の通り真っ白なそのラーメンは他に類を見ない独自路線の仕上がりである。枝豆大豆の独特の風味が印象的だが、大き目のすり鉢の中にさまざまな野菜がぶっこまれている。めくるめく味のパノラマ。ちなみに真ん中にちょこんとカボチャが乗っているのは、この日が冬至だったからだろうか。
ふと周りを見渡すと隣のお父さんは赤みそラーメンを食べていた。また別のお父さんは「ここに来たらチャーハンを食べなきゃダメだ」と声高らかに宣言していた。
まだまだ計り知れない仙北市西木町(旧西木村)に残る創業44年のかしわ家。人口減少により周りの飲食店が廃業する中、孤高のラーメン店は今日も地元住民の胃袋を支えている。
■秋田内陸縦貫鉄道屈指のポツンと駅「左通駅」を目指す年末歩き旅とは?
ラーメンを食べ終えた俺は松葉駅へ戻り再び内陸線に乗った。車内は暖房が効いていて温かい。本音を言えばこのまま昼寝でもかましながらぼんやり終点まで電車に揺られていたいところだが「全ての駅に立ち寄る」というのが一応このブログのルールである。もはや誰に求められているわけでもないのに、頑なにそのルールを遵守している俺はホカホカの電車を捨てて、クソ寒い師走の風が吹きすさぶ隣駅の「羽後中里駅」に降り立った。
次の電車が到着するまで果てしない時間があるため、必然的に次の駅「左通駅」までは歩いて向かうことになる。この日の最高気温は氷点下2℃。もはや並の精神力と足腰ではギブアップしてしまうレベルである。
駅前の地元密着型の酒屋をチラ見しつつ、左通駅を目指す。
だがそこから待っていたのは延々と続く殺風景な山道である。さっきの酒屋には自販機があったはずだ。そこで何か温かい飲み物でも買えばよかった。通りすぎていく後悔と冬景色。たまに通り過ぎるトラックがそんな俺を怪訝な顔で見ている。頬を刺す冷たい風と垂れる鼻水。いつだって男のひとり旅は孤独交じりだ。
そんな俺の行く手を阻むかのように空から雪が降り注ぐ。この日は寒さを想定してガンダムのような完全防寒装備をしてきた俺だが、それでも震えが止まらない。冬の歩き旅は命懸けである。
瞼に光る冷たい雫がもはや雪なのか涙なのかわからなくなってきたころ、ようやく左通駅を発見。
左通駅。まるで自己主張する気の無いその駅は、完全に冬景色と同化していた。
左通駅近くの名所はおそらく修行僧しか立ち寄らないと思われる。
駅の待合室には秘境駅やポツンと駅名物の旅ノートが置かれ地元の小学生が書いた内陸線のポスターも貼られていた。ポスターの車掌さんが軍人みたいな顔をしているのはご愛敬である。
左通駅から内陸線に乗って、今日の目的地である上桧木内駅へ。今夜は上桧木内駅近くの旅館に宿泊である。
■上桧木内駅の人情旅館で味わうマタギ料理と自家製のどぶろくとは?
上桧木内駅に到着。俺はその足で事前に予約済みの旅館へと向かった。
上桧木内駅から歩いて10分ほどのところにある「なか志ま旅館」は旅館内に食堂が併設されており、昼間は地元民の食事処として営業している。
前回日没後に真っ暗闇の中、羽後長戸呂の民宿を目指して歩く羽目になったことを反省し、今回は早めに旅館をチェックインした。だが如何せん早すぎた。まだ昼の3時である。
「まだ時間が早いのでどこかに出かけます?」
70歳ぐらいの優しそうなお母さんがこの旅館を切り盛りする女将さんのようである。
「どこか歩いて行ける観光スポットはありますか?」
絶対に無いと思いながら、聞いてしまった。案の定女将さんは「ないですね」と少し困り顔である。
「寒いので食堂で温まってください」
「すいません」
女将さんに淹れてもらったお茶を啜りながら、夕方のテレビをぼんやりと眺める。目の前に瓶ビールの小ケースが見える。ビールを貰おうかとも思ったが、晩ご飯前に行儀が悪い気がして思いとどまった。
夕方4時。晩ご飯を待つ間、寝床である和室に戻りニンテンドー3DSの桃鉄を始める。もはや何をしに来たのかわからなくなってきたが、今はひとまず飯を待つしかないのである。
桃鉄を2時間しっかりとプレイした後はお待ちかねの夕食の時間となり、女将さんが再び食堂に案内してくれた。
「熊鍋食べたことある?」と女将さん。
以前、地元の酒場で熊肉入りのカレーを食べたが熊鍋は初めてである。熊肉は内陸線を更に進んだ阿仁地方では盛んに食べられているようだが、まさかここで食べられるとは思わなかった。
「ビールも貰えますか?」
わざわざ寒い中歩き旅をしたのはある意味このためである。
「ええ、いいですよ」
「お願いします」
「あと、自家製のどぶろくもあるよ。飲んでみる?」
「どぶろくですか?」
熊鍋をつつきながら、女将さんお手製のどぶろくを嗜む。熊肉は思いのほかクセがなく食べやすい。今年は熊肉が豊作だったようだ。
「元気にしてるか。こっちは雪だよ」
厨房では女将さんが電話中である。都会に住むお孫さんだろうか。嬉しそうに話す女将さんの声を肴に、どぶろくを進める。ふとこんな年末も悪くないと思った。
「どぶろく、もっと飲む?」と電話を終えた女将さん。
「すいません、もう一杯」
ほろ酔い気分で人情旅館の風呂に入る。隣の洗面所からは洗濯機を回す音が聞こえた。
翌朝、食堂のテレビでZipを見ながら朝ご飯。なぜか旅先では朝の食欲が増す俺は納豆と長芋でご飯を2膳食べた。
朝から満腹気分で部屋に戻ろうとすると中学生ぐらいの女の子と鉢合わせした。女将さんのもうひとりのお孫さんだろうか。今は冬休みのはずなので、もしかしたら部活か何かがあるのかもしれない。手早く準備をするお嬢さんとは対照的に、腹をさすりながら呑気に歩くネクストおっさんジェネレーションの俺。悪いことをしているわけではないが、なんだかちょっぴり我を恥じた人情旅館の朝である。
「滑るから気をつけて」
女将さんに見送られて、駅へと向かう。俺は女将さんに言われたとおり、滑らないように足元を気にしながら歩いた。朝の上桧木内には陽が差していた。
さよなら2021年。どうか2022年は俺といしだ壱成が幸せになりますように。
鷹巣まで続く内陸線の線路を眺めながら星の降る駅にそう願いを込めると、突然冷たい雪が頭上に降り注いできた。
そんな俺を知ってか知らずか、内陸線がのんびりとやってくる。小さな電車は俺を乗せると、呑気な音を立ててまたゆっくりと走り出した。
さて、今回は秋田内陸縦貫鉄道で上桧木内駅を目指した年内最後のKANEYANの秋田ぶらり旅。来年はタイトルが「KANEYANと○○の秋田ふたり旅」に変わることを願いつつ、ひとまず次回はさらに内陸線を進んでマタギの里「阿仁マタギ駅」や「比立内駅」を目指してみようか。
続く。