#31【地元旅】【JR田沢湖線】「大曲駅から羽後長野駅を目指す初秋のほろ酔い青春巡りの旅」とは?
■昼間から酒が飲める大曲駅の渋い食堂とは?
2000年代初頭のJR田沢湖線・鑓見内駅では電車を待つ間ヤンキーの高校生たちがみんなタバコを吸っていた。
そして、その2,3歩後ろでジャガイモのような顔をしていたのが同じく当時高校生だった俺である。駅のホームから見える広大な田んぼと灰色の空に昇っていくタバコの煙を眺めながら、田沢湖線が到着するのを待っていた。
さて、今回の「秋田ぶらり旅」はJR田沢湖線に沿って「大曲駅」から4駅先の「羽後長野駅」を目指す旅である。だがいまいち気が進まないのはガチモロ俺の地元だからである。すでにこのエリアには何もないことを知っているのだ。しかもこの日は夕方から雨模様。高校生だった20年前と同じように浮かない顔をしつつ、俺はひとまず大曲駅へと向かった。
大曲駅に着くなり、俺はとある食堂に向かった。せっかくの休日。昼から酒でも飲んでやろうと考えたのである。
こんなに早い時間から酒が飲める。そう考えると足取りは軽い。道中、突如現れた可愛げのない小便小僧にもハイタッチをかましつつ、俺は駅から20分ほど歩いて「味楽食堂」へと向かった。
その外観からは地元の人以外を寄せつけないオーラが溢れている。実は俺も初めての訪問である。
「いらっしゃい」
緊張気味にその扉を開くと60歳ぐらいのお父さんが低い声で迎えてくれた。まだ正午前のため先客はひとりだけ。俺は座敷にドカッと座り、瓶ビールを注文した。つまらないオジサンの小さなパーティの始まりである。
瓶ビールは大瓶。そしてお父さんがビールと一緒に持ってきてくれたメンマとチャーシューがなんだか嬉しい。
餃子をつまみにビール。ちなみに俺はこの日から連休である。次の仕事が始まるまでまだ45時間以上もある。世界よ、おはよう。もはや俺は無敵だ。餃子のタレを作るべく手に取ったラー油の瓶が油まみれで手がギトギトになっても、全くイライラしない。今の俺は日本海ぐらい心が広いのである。
ちなみに店内の本棚にはジャンプやマガジンだけではなく、サンデーやチャンピョンまでコンプリート。カウンターでは高齢のお父さんがラーメンを食いつつ、大谷翔平が一面のスポーツ新聞を眺めている。
瓶ビールを飲み干すと今度は腹を満たすべく、メニューを眺める。ほろ酔い気分の俺がチョイスしたのはオムライスである。
先ほどまで姿が見えなかったお母さんが突然現れ、オムライスを運んできてくれた。もちろん今流行りのトロトロ卵スタイルではなく、昭和気質のオムライスである。そしてなぜかWith紅ショウガ&福神漬け。隣にはスープと思いきや味噌汁。ツッコミどころが満載だが、味は間違いない。花火の街・大曲の片隅で昼から酒を飲み、オムライスにがっつくアラフォーの独身男性(俺)。ネットニュースにも載らない秋田の闇がここにもある。
■昼間から酔っぱらい財布を忘れてUターンとは?
大瓶のビールに餃子、そしてケチャップたっぷりのオムライス。40代が見えているオジサンのランチとしては明らかにハイカロリーである。俺は膨らんだ腹をさすりながら、カロリー消費のため、隣の「北大曲駅」まで歩くことにした。
国道沿いのアダルトショップをチラ見しつつ、北大曲駅を目指す。だがここであることに気がついた。財布が無いのである。ほろ酔い気分の頭に寒気が走る。マジか。マジだよ。そういえば食堂を出た後、大曲駅構内のトイレに入った。あるとすればそこだ。俺は祈るような気持ちで大曲駅へとUターン。幸い、財布は予想通り駅トイレの紙巻き器の上でポツンと何気ない顔をしてそこにいた。ホッと一息。すっかり酔いが醒めた俺は冷や汗を垂らしつつ、また性懲りもなく「北大曲駅」へと向かうのであった。
北大曲駅到着。見事に駅と民家が密接している。小池都知事もビックリのノーディスタンスの民家からはテレビの音が聞こえてくる。
大曲駅のトイレに財布を忘れたことにより、必要以上に体力を使った俺である。ここからは電車に乗って次の駅を目指したいところだが、田沢湖線は秋田県内でも特に本数が少ない路線である。3時間に1本ほどのスカスカの時刻表を背にして、俺は隣駅の「羽後四ツ屋駅」を目指して再び歩くことにした。
壮大な田んぼと煎餅屋さんを眺めながら「羽後四ツ屋駅」へと到着。
成人男性の平均値に比べて体力が劣る俺はもちろんこの時点で疲労困憊である。だが、田沢湖線の電車は学生が利用する夕方までやってくる気配はない。この殺風景な駅で揺れる稲穂を眺めながら1時間以上も電車を待つのは忍びない。俺は疲れた体に鞭打ってもうすこしだけ歩くことにした。目指すは高校3年間通い続けた「鑓見内駅」である。
■およそ20年ぶりに訪れた地元の駅・鑓見内駅から見た光景とは?
JR田沢湖線・鑓見内駅。利用者の9割が学生の小さな無人駅である。
俺は高校時代の3年間ここから大曲駅に通っていた。学校が早く終わったときは田沢湖線を待つ間、当時大曲駅前にあった「ジョイフルシティ・ヤマサ」のゲーセンコーナーでスケベな麻雀ゲームをしながら時間を潰していた。もちろんクラスの女子に見つかって気まずい思いもしたし、隣のクラスのヤンキーに500円カツアゲされたこともある。そんな俺の汗と涙と麻雀に勝つと拝めるお姉さんのパイオツが沁み込んだ青春時代を思い出しながら、鑓見内駅へと向かった。
途中、キャプテン翼に出てきそうで出てこないサッカー少年が描かれた看板に遭遇。もしポイ捨てをしようものなら、彼にボレーシュートを食らわせられるだろう。環境を重んじる旧中仙町の意気込みがヒリヒリと伝わってくる。
鑓見内駅に到着。実家のすぐ近くとはいえ訪れるのは高校時代以来である。無駄に広い自転車置き場はあの頃のままである。
この令和の時代に堂々とそびえ立つ公衆電話。ちなみに俺は高校時代、アイドル雑誌「アップトゥーボーイ」の企画でもらえた20名だか200名だか2000名だか限定の酒井若菜のテレホンカードをお守りのようにしてずっと財布に入れていた。愛と青春と巨乳のセブンティーンズ・マップ。あの頃のことを思い出していると小雨が降ってきたので、俺は鑓見内駅の待合室で田沢湖線が到着するのを待つことにした。
田沢湖線到着。夕方ということもあり、車内は学生で賑わっている。俺が高校生の頃は、ヤンチャな男子たちが車内の地べたに座り込んでいたものだが、今の学生たちは行儀がいい。
たくさんの高校生とひとりのオジサン(俺)を乗せた夕暮れの田沢湖線は間もなく羽後長野駅へとたどり着いた。さて、今宵はこのあたりで一杯といこう。
■美味い肴と日本酒で一杯、そして熊カレーで〆る地元酒場の夜とは?
羽後長野駅。県南の主要駅である大曲駅と角館駅に挟まれた大仙市(旧中仙町)にある駅である。この駅から少し歩くと俺が通った中学校がある。
羽後長野駅の目と鼻の先にある居酒屋「ちゃんす長野屋」で今日はひとり酒といこう。
もちろん先ずは瓶ビールでひとり乾杯である。
実は地元ということもあり、この店には何度も足を運んだことがあるのだが、コロナ禍のため金曜の夜だというのに客は俺以外に一組だけ。少しだけ寂しい地元のフライデーナイト。だがしっぽりと飲むには悪くはない。今日の歩き旅で消費したカロリーを補うようにビールをグイグイやりながらメニューと睨めっこ。カツオに馬刺しにうなぎ。俺の好物が並ぶ。端に書かれている熊料理も気になるところである。
先ずは馬刺しをチョイス。盛り付けがすばらしい。光の速さでビールを飲み干した俺は酒をレモンサワーにチェンジして迎えうつ。
サザエの壺焼き。こうなると日本酒が欲しくなる。俺はサザエに大仙市(旧中仙町)の地元酒「秀よし」の生貯蔵酒をあわせることにした。
久しぶりの地元酒ですっかりほろ酔い気分。先客が帰宅したため、いよいよ店内には俺ひとりである。金曜日の夜なのに友達や女房や子供を連れてくるでもなく、ひとり孤独に飲んでいる俺を手持ち無沙汰のお店のご夫婦が見守っている。
つまみをもう一品。にんにくのホイル焼きである。ホクホクのにんにくを「秀よし」で流し込む。もちろん死ぬほど美味いが、これは明日何の予定も控えていない俺だからこそ出来る芸当である。そして酒を飲むと冒険をしたくなる少年の心を持つ俺(37)は、〆にこいつを注文した。
熊カレーである。熊肉は牛肉や豚肉に比べて脂肪分が少ないが、きちんと下処理がされているのか食べやすい。やはり熊はよく鍛えられてるな。もはやよくわからないことを考えながら、熊カレーで〆る地元の夜である。
さんざん歩いた挙句酒を飲みもう1ミリも歩けない俺は自宅までタクシーで帰ることにした。車中でふと思い出したのはハタチぐらいのときのことである。友人と今日と同じく「ちゃんす長野屋」に行った俺は見事に泥酔し、迎えに来てくれた父の車の中でゲロを吐いた。
あのときは父ちゃん、ごめん。
すでに他界している天国の父に向かって平謝りを繰り返す、青春巡りの旅の帰り道である。
さて、今回は地元で酒を飲み財布を忘れ地元の駅で青春のノスタルジーに浸ったKANEYANの秋田ぶらり旅。いつの間にか今年も夏が終わってしまったが、次回は田沢湖線をさらに進んで、みちのくの小京都・秋の「角館」を目指してみようか。
続く。