#33【田舎宿に泊まろう】【秋田内陸縦貫鉄道】「羽後長戸呂の農家民宿を目指す秋田内陸縦貫鉄道ふれあい旅」とは?
■廃線の噂が絶えないローカル列車「秋田内陸縦貫鉄道」とは?
今年も秋田に冬がやってくる。
11月某日。俺は例によって「KANEYANの秋田ぶらり旅」の準備をしていた。今回は秋田内陸縦貫鉄道の旅である。だがいまいち気が進まない。旅当日の天気が悪すぎるのである。旅を翌日に控えた俺は「Yahoo!天気」と睨めっこ。iPhoneの画面には無情にも傘と雪だるまのマークが並んでいる。
旅当日。天気は予報通りの雨。そして雨はいずれ雪に変わりそうな気配だ。朝なのか夜なのかわからないどんよりとした灰色の雲が俺の旅気分を削いでいく。だが男には行かねばならぬときがある。幸い雨は降っているが土砂降りではない。俺は意を決して今回の旅の出発地である角館駅へと向かった。
秋田内陸縦貫鉄道。角館から北秋田市の鷹巣までを繋ぐ第三セクターの鉄道である。実は赤字続きで今まで何度か廃線の噂が流れたが、現在もしぶとく運行を続けている。アイドルとドラクエとローカル列車が好きな俺は密かにこの秋田内陸線に乗るのを楽しみにしていた。そう、アイドルも内陸線もいつまで現役でいられるかわからない。乗るなら今しかないのだ。とにかく天気が心配だが、先ずは角館から隣駅の「羽後太田駅」を目指して出発である。ちなみに今回は最終的に角館から4駅先の「羽後長戸呂駅」にある農家民宿「星雪館」を目指す計画である。
平日で天気も悪いせいか客もまばらな秋田内陸縦貫鉄道。なぜか大量に貼られていた可愛いワンチャンの写真に癒されながら、羽後太田駅に到着。
待合室に「秋田駒ケ岳眺望の駅」という文字が掲げられているが、案の定駒ケ岳は遠くに霞み、駅の周りにはただ雨に濡れた道路と田んぼが広がっている。ごめん。マジで何もない。早くも出鼻をくじかれた気分である。俺はひとまずビニール傘を差しながら隣の「西明寺駅」を目指して歩くことにした。
帽子を横にかぶったシャレオツガールをチラ見しつつ40分ほど歩いて西明寺駅へ。
世界に羽ばたく日本のコメジャー。もはや俺がイチローだったら訴えてしまいそうなJA秋田おばこ青年部の看板にも雨が滴っている。
次の電車が到着するまで時間があったため、俺は西明寺駅近くの食堂に向かった。
白い外壁にまるで落書きのように「ラーメン」と書かれたこの食堂の名前は「寿し文」である。だが寿司が出てくる気配は一ミリもない。
「何にしましょう?」
人の良さそうなお父さんがひとりで切り盛りしているようだ。俺は店の前の看板にも書かれていた500円のランチをオーダーした。
男は黙ってラーメンと白飯だ。店主であるお父さんのそんな意気込みが伝わってくるワンコインランチ。奥の厨房でお父さんが野菜を切る音をBGMにラーメンを啜る。ごめん、味はぶっちゃけ普通だが500円と考えればかなりの大盤振る舞いだ。ラーメンの湯気で曇った眼鏡を脱ぎすてて、目の前のダブル炭水化物に全集中。そう、男はラーメンをオカズに白飯を食えなくなったら終わりだ。(そんなことはない)
■初雪と共に行く秋田内陸縦貫鉄道の旅とは?
この日の仙北市の最高気温は3度。まだギリギリ秋気分だった俺はその寒さにすでに絶望していた。ここはひとつ熱い温泉にでも浸かりながら、この後の旅の作戦を練るのも悪くない。俺は西明寺駅から徒歩15分ほどのところにある「西木温泉クリオン」に向かった。
館内は地元民で意外と賑わっている。温泉に浸かったひとが利用できる大広間を除くと風呂上がりのお父さんお母さんたちが思い思いにごろ寝をかましていた。
電車旅の醍醐味は昼から酒を飲めることである。風呂からあがった俺は昼間にも関わらず夕方のような面持ちで柿ピーと枝豆をつまみにビールを煽る。熱い温泉に浸かった後に飲むビール。至福の瞬間である。だがそれも束の間、ふと窓から外の景色を見てみると先ほどまで降っていた雨は雪へと変わり、瞬く間に銀世界が広がっていた。なんてこった。俺は現実から目を背けるべくビールを一気飲みし、酔った勢いに身を任せて外へと飛び出した。
湯冷めした体に冷たい初雪がのしかかる。無様に鼻水は垂れ、ついでにビールを飲んだせいかおしっこも近い。俺はまるで歯医者に向かうときのようなテンションで再び「西明寺駅」へと向かった。
初雪と共に行く秋田内陸縦貫鉄道の旅。言葉はロマンティックだが、その実態はただ寒いだけである。
八津駅に到着。次の羽後長戸呂駅方面の電車が到着するまで3時間近くもある。もちろん無人駅である八津駅の待合室には暖房は無い。駅から少し歩けば「かたくり館」という道の駅のような施設があるようだ。ひとまずそこで時間を潰そう。容赦なく冷たい雪が頬を濡らす。俺は小走りで歩いた。おしっこが漏れそうだったのである。
八津駅のかたくり館。道の駅のような施設と思い込んでいた俺だが、もはや係のお母さんがひとり常駐しているだけの、小さな建物である。到底3時間近くも時間を潰せる場所ではない。だが外は雪景色。殺風景な駅の待合室にいたら頭がおかしくなりそうだ。俺は地元の方が作った民芸品をぼんやりと眺めながら、かたくり館でひたすら電車が到着するのを待った。
ようやく羽後長戸呂駅方面の電車が到着した。夕方ということもあり、この時間の内陸線の車内には学生が多くいた。どうやら高校生の貴重な交通手段としても秋田内陸縦貫鉄道は機能しているようである。
■温かい薪ストーブと家族に会える羽後長戸呂の民宿「星雪館」とは?
羽後長戸呂駅で電車を降りると、そこはガチの暗闇だった。街灯もわずかしかない。暗闇の中、iPhoneの地図を頼りに民宿へと向かう。どこからともなく何かの動物の鳴き声が聞こえてくる。思った以上に山奥である。ついでに電車を待っている間、無駄にいじりまくったiPhoneの電池は残り少ない。ここで電池が無くなり迷子になったらマジで大人でも泣いてしまうレベルである。
暗闇の中を歩くこと15分。おそらく今晩泊まる予定の民宿はこのあたりで間違いない。だが如何せん暗すぎてどこの家か確証がない。俺はちょうど軽トラックに乗りかけていたお父さんに声をかけた。
「す、すみません。このへんに民宿があるはずなんですけど」
「ああ、それおらえだ(それは俺の家だ)」
農家民宿星雪館。そこはのどかすぎる山あいの宿であった。
「おぎゃぐさん、来だぞ!」
お父さんが家の中にいた娘さんに声をかけてくれた。
「電話してくれたら駅まで迎えに行きましたのに」と娘さん。親切そうなご家族である。
ひとまず薪ストーブの前に座り、晩ご飯を待つことに。まるで実家に帰ってきたときのような気分である。実家から実家への小旅行。駅からの道中、水たまりに突っ込んでびしょ濡れになった靴下を薪ストーブで乾かす。しばらくすると娘さんの「ご飯ですよ」という声が聞こえた。
野菜は自宅の庭で採れたもので、魚はご近所さんにおすそ分けしてもらったものだという。晩ご飯を食べながら、少し娘さんとお話をした。山あいの田舎の宿にゆっくりとした時間が流れる。雪は今も降り続いているだろうか。
翌朝、ガサゴソと音がしたため寝床から出るとお父さんが薪ストーブの火をつけてくれていた。お父さんは70代だろうか。もしかしたらもっと高齢かもしれない。北の国からの田中邦衛さんに似ている。
「ああ、いぐきてけだなぁ(よく来てくれたなぁ)」とお父さん。
「暗くて、たどり着けるか心配でした」
「こごまでは地図見でだが?(ここまでは地図を見て?)」
「携帯の地図を見てですね」
「便利になったなぁ」そう言ってお父さんは小さく頷いた。
薪ストーブを囲みながら朝ご飯の時間までお父さんと話をした。部屋はじんわりと暖かい。びしょ濡れだった俺の靴下も乾いていた。
娘さんが朝ご飯の準備をしてくれていた。
「薪ストーブはどうでした?」
「実はお風呂に入っている間にストーブの火が消えちゃいまして」
そう、昨日の晩はせっかくの薪ストーブの火が風呂の間に消えてしまい、寝る間際は近くにあった石油ストーブをつけたのである。風情が台無しである。
帰りはお父さんに駅まで送っていただけることになった。お父さんは俺が車に乗るまで暖房をつけて車内を暖めてくれていた。お父さんと山菜や熊の話をしていたら、あっという間に羽後長戸呂駅。お父さんにお礼を言って俺は駅のホームに向かった。周りはすっかり雪景色。またこの季節が来ちゃったな。俺はジャンパーのポケットに手を入れて電車を待った。
内陸線は冬を引き連れてゆっくりと駅に近づいてきた。俺はジャンパーの中に民宿の娘さんに頂いたお焼きを入れていたのを思い出した。
さて、初雪が舞う中今回から秋田内陸縦貫鉄道の旅が始まったKANEYANの秋田ぶらり旅。農家民宿の家族の優しさと気遣いに触れながら、次回はさらに内陸線を進んで上桧木内駅を目指してみようか。
続く。