#20 【ローカルグルメ紀行】【JR羽越本線】「極上の飯と酒を求めて仁賀保・象潟を行く人情巡り旅」とは?
■にかほ市の「旨いもの」を巡る旅
4年ほど前、お笑い芸人のバナナマン日村さんが「にかほ市」の美味い地元メシを探して紹介する「バナナマンのせっかくグルメ」というバラエティ番組が地元秋田で放送された。
にかほ市は秋田県南西部に位置する日本海に面した漁師町だが、やはりテレビの力は絶大である。俺はその番組を見てあっという間にグルメの宝庫であるにかほ市のファンになってしまった。基本的にそこまで食というものには執着しない俺だが、旨い魚と旨い酒においては別である。人一倍の熱意があるのだ。そのためJR羽越本線に沿って旅をするにあたり、とにかく仁賀保・象潟エリアを訪れるのが楽しみだったのである。
思えば前回の旅では冬の折渡峠をひたすら歩き、前々回の旅では道川の廃墟探訪と羽越本線編では修行僧のような旅を行ってきた。今回はせっかく旨いものが豊富な街に立ち寄るのである。前回とは趣向を変えて仁賀保・象潟の旨いものを巡るグルメツアーと洒落込むのも悪くはないだろう。
そんなわけで俺は意気揚々と冬の羽越本線に乗り込み前回最後に訪れた「羽後本荘駅」の隣駅である「西目駅」に降り立った。今回の旅は先ず「西目駅」からスタートし、地元の旨いものを食べながら最終的には3駅先の「象潟駅」を目指す算段である。
西目駅を降りて、俺が最初に向かったのは「道の駅にしめ」の中にあるソフトクリームとバームクーヘンの専門店「ハナマルシェ」という店である。俺はバームクーヘンが大好物なのだ。
レッツバーム! レッツクーヘン! 俺はおどけながら西目のスズムシロードを歩いた。これにはお姉さんに連れられて散歩中の犬も苦笑いである。危うく犬におしっこをかけられそうになりながら30分ほど歩き、道の駅に到着した。
さっそくお目当ての店に向かう。しつこいようだが俺はバームクーヘンが大好物なのだ。
西目の朝の陽ざしを浴びながら、俺はその場に立ち尽くした。まさかの臨時休業である。食べログに載っていたバームクーヘンにソフトクリームをトッピングしたあの旨そうな写真が何度も頭の中を駆け回る。無念。残念だが次に進もう。俺は気持ちを切り替えて羽越本線で隣の「仁賀保駅」へと向かった。
仁賀保駅到着。実は冒頭で書いた「バナナマンのせっかくグルメ」では仁賀保の「キッチン さかなやさん」というお店が紹介されていた。この店では水揚げされたばかりの新鮮な魚の中から、お客さんが好みの魚をチョイスし焼いたり煮たり好きなように調理してもらえるらしい。楽しみである。
「サカナ サカナ サカナ サカナを食べると~」
俺は陽気におさかな天国を口ずさみながら仁賀保駅前を歩いた。これには工事のため交通誘導をしている警備員さんも苦笑いである。危うく車に轢かれそうになりながら10分ほど歩き、店に到着した。
仁賀保の昼の陽ざしを浴びながら、俺は店の前に立ち尽くした。またもや臨時休業の張り紙である。食べログに載っていた旨そうな刺身定食の画像が何度も頭を駆け回り、派手にiPhoneを地面に落っことしてしまった。だがここで立ち止まるわけにはいかない。仁賀保駅周辺ではもうひとつ気になっていた店があったのだ。そう、バームクーヘンもお魚もダメならラーメンである。
■地元民が集う仁賀保の人気ラーメン店とは?
「秋田のおみやげなら何でも揃う」という超強気な土産屋を通り過ぎて、仁賀保の人気ラーメン店「じげん」へと向かった。果たして営業しているだろうか。もはや祈るような気持ちである。
仁賀保のまばゆい陽ざしに照らされて、じげんの駐車場にはたくさんの車が止まっていた。絶賛営業中のようである。店内は地元民でかなり賑わっていた。高齢の仁賀保マダムから男子高校生までその年齢層は幅広い。俺が座った奥のテーブルには若い女性がひとりで黙々とラーメンを啜っていた。まさににかほ市民全員集合である。俺はおすすめの「さんま節ラーメン」を注文した。
うまっ。思わずそう声を出してしまったのは、バームクーヘンとお魚にフラれマックス腹ぺこだったからではないはずだ。さんま節の効いたスープは濃厚でチャーシューも柔らかい。秋田で驚異的な視聴率を誇る毎年恒例の「秋田ラーメン総選挙」でも、ぜひ一票を投じたいところである。店には途切れることなく地元の方々がやってくる。仁賀保の空気を吸いながら俺はズルズルと極上のラーメンを啜ったのであった。
■校舎の香りが残る金浦の温泉とは?
腹が膨れたところで、再び羽越本線に乗り隣の金浦駅へと向かった。
市立図書館が併設している「金浦駅」の中には「おにぎり亭」という小さな食堂も設置されており、地元のお父さんがお店のお母さんたちと世間話をしながら蕎麦を啜っていた。
ラーメンを食べたばかりだが、気持ちはすでに「旨い魚で一杯」である。だが夕方まではまだ時間があるため、金浦駅前から発車するコミュニティバスで近くの温泉に行ってみることにした。
コミュニティバスは意外と混んでいた。乗客の中心は年配のお母さんたちである。地元のお母さんたちの途切れることのない世間話をBGMに小さなバスは進んでいく。間もなく温泉にたどり着いた。
金浦温泉の入口には「大竹尋常小学校」と書かれている。この温泉は元々小学校だったようで、施設には至るところにその校舎の名残が見える。
大広間は以前体育館だったのだろうか。「第一体育館」というプレートが残っている。
「あら、お兄さんはどちらから?」
帰り際、地元のお母さんに声をかけられた。
「大仙市です」
「大仙市? 私のお婿さんと一緒ね。大仙市のどのへんかしら?」
「仙北市よりですね」
ここからお母さんは仙北市の劇団「わらび座」の素晴らしさについて語ってくれた。
話しているうちにテンションがあがったのか「もしかしてお兄さんはわらび座のひと?」とお母さん。
「いえいえ、まさか」
むしろ俺は小学生のとき地元のお祭りで踊った「ドンパン節」も他のみんなよりワンテンポ遅れて踊っていたほどのリズム音痴である。
そんな俺にお母さんは「ここまで来てくれてありがとね」と言ってくれた。校舎の香りが残る温泉で熱いお湯と人情に心も体も温まりつつ、再びコミュニティバスで金浦駅まで戻り、今度は電車でこの日の目的地である「象潟駅」に向かった。
■極上の魚と酒が楽しめる象潟の人情酒場とは?
にかほ市象潟町。秋田の南端に位置する日本海に面した街である。この地で一杯やるのがとても楽しみだった俺はさっそく陽が傾き始めた象潟の街を歩き、お目当ての酒場に向かった。
ここ「笑福」は例の「バナナマンのせっかくグルメ」でも取り上げられたのだが、実はあの吉田類さんも今から10年ほど前に「酒場放浪記」で訪れているようだ。
お通しをつまみつつ、まずは冷えたビールで喉を潤わせる。そして豊富なメニューと睨めっこである。象潟の酒場の先頭打者。ここはやはり刺身だろう。
うまっ。見事な先頭打者ホームランである。最高のスタートダッシュを切った俺はさらにグビグビとビールを喉に流し込む。次は「カキフライ」を食べようか。
うまっ。極上の刺身に続き、大ぶりのカキが口の中で連続ホームランをかっ飛ばす。俄然調子が出てきた俺は地元にかほ市の名酒「飛良泉」をお願いし、つまみには「メバルの塩焼き」を合わせた。
もはや最高。これが日本海である。このために生きてきた。酒飲みは酔っぱらうとやたら大げさなことを言い出す生き物である。だがハイペースで日本酒を飲んだせいかすこし酔ってきた。そのときである。
「お兄ちゃん。これ飲んでみれ」
隣のカウンターで飲んでいた常連さんからの日本酒の差し入れである。
何のお酒だかわからないが珍しいシャーベット上の日本酒である。だがこれがまた旨い。
気づけば俺は日本酒をチェイサーに日本酒を飲んでいた。
「次はこれ飲んでみれ」
「これは、何のお酒ですか?」
「これは秀よしだ」
秀よし。俺の地元の酒である。
「秀よしは俺のじもろの、あれ、さかぐらっス」
いよいよ酔ってきた。
「なにぃ? 俺も地元は大仙市だ。よっしゃ、こっちゃこい」
いつの間にか俺は3人組の常連さんと一緒に酔っぱらっていた。
実は常連さんが食べていた「マスの煮つけ」が隣で見ていて気になっていたのだが、それを話すと常連さんのひとりがご馳走してくれた。
テーブルには一期一会という文字。見ず知らずの他人同士が酒でつながる。これが田舎の酒場の素晴らしさである。
「まだけよ(まだこいよ!)」
気さくな店主のお父さんと優しいお母さん、そして常連さんに見送られながら店を出た。気づけば4時間以上飲んでいた。いつもの悪い癖である。千鳥足で駅へと向かう。この日は10度近くまで気温が上がったようだ。少しづつ春に向かう緩やかな夜風を肌で感じながら「にかほ、いいところだな」と思った。
さて、今回は象潟の酒と人情に酔いしれたKANEYANの秋田ぶらり旅。春の訪れを待ちわびながらひとまずこの温かい酒場に別れを告げて、次回はさらに羽越本線を先に進んで山形の県境にして日本海が一望できる隠れた名所「小砂川駅」を目指してみようか。
続く。