KANEYANの秋田ぶらり旅

KANEYANが秋田県内の各駅を回りながら綴るNONSTOP AKITA DIARY

#9 【町飲み】【JR奥羽本線】「秋田駅から土崎駅へのはしご酒の旅で出会った土崎の生きる伝説ママ」とは?

■土崎の生きる伝説とは?

秋田にもうすぐ冬がやってくる。

 

雪国秋田にとって、冬は戦いである。凍結した道路を運転するときはマジでおしっこちびりそうになるし、数年前運転中にガチのホワイトアウト(目の前が雪で真っ白になって方向感覚がわからなくなる現象)に遭遇したときは一瞬死を覚悟した。

隣の家に住んでいたおばあちゃんは屋根の雪下ろしの作業中、誤って屋根から転落して死んじまったし雪は日常生活さえぶち壊す破壊力がある。全国ニュースで報じられることは少ないがこれが秋田の現実である。

 

そんな憂鬱な冬の足音が聞こえつつある10月の夜、俺はJR奥羽本線・土崎駅近くのとあるスナックにいた。客は俺ひとり。「まず、化粧する」と言ってママは俺の隣に座って、メイクをし始めた。「今からするんかい!」というツッコミは心の中に閉まって、何気なくママの顔を見てみると危うく飲んでいたビールを吹き出しそうになった。瞼に丸く塗られた黒いアイシャドーがまるで公家の眉毛のようである。もちろんママがウケを狙っているのではない。いわゆるひとつのガチのおめかしである。やばいところに来てしまった。俺はとりあえず目の前にあるビールを一気飲みした。

 

「いいどころさ来た。来月で、めへ辞めるどってらおの(いいところに来た。来月で、店辞めようと思ってる)」

「来月で?」

「んだんだ(そうそう)」

「そうですか」

 

俺はそう言って、ママが用意してくれた「里芋の煮物」に手をつけた。

 

「うめが?(美味しい?)」

「美味いです」

「いがった。うめって言われれば嬉しい(良かった。美味しいって言われれば嬉しい)」

 

そう言って少女のように屈託なく笑うこの女性は、土崎の生きる伝説と謳われている琴子ママである。今回はその秋の夜の一部始終を記していこうと思うのだが、先ずはその前に少し時間を戻すことにしよう。

■立ち飲み「あきたくらす」と居酒屋「おひとりさま」とは?

10月の終わり、俺は秋田の中心である秋田駅にいた。憂鬱な冬を目前に控え、今日はたらふく酒を飲みたいと思い、秋田駅から土崎駅へのはしご酒の旅を計画したのである。

 

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だが時刻はまだ16時前。秋田県は昼飲み不毛地帯であり、ほとんどの居酒屋が17時開店である。俺はひとまず秋田駅に併設されている立ち飲みスペースで時間を潰すことにした。

 

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この「あきたくらす」は主に観光客向けの店ではあるが、秋田のレアな日本酒を味わうことができる。俺は秋田最強の蔵元である新政のラピスをオーダーした。もはやアクエリアス並みに飲みやすい酒である。

 

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「ラピス」を飲み干し気持ちは次の酒へと行きたいところだが、コロナウイルスの影響で飲食時間はひとり20分までという制限があるようだ。俺は従順に言いつけを守り「あきたくらす」を退散し、駅近くにある16時開店の居酒屋「おひとりさま」に向かった。

 

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お店は60代のお父さんがひとりで切り盛りしており、看板には立ち呑みとあるが店内には椅子が設置されている。駅前ということもあり観光客や出張中のサラリーマンも飛び込みで来ることもあるが、大半は地元のお客さんである。なぜこんなに詳しいかというと俺はこの店の常連客なのである。

 

「おっ。久しぶり。今煮込み温めてるよ」

 

お父さん特製の煮込みをつまみに今宵はスタートである。

 

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コロナウイルスの影響で飲み歩く人がめっきり少ないようで店内は俺ひとり。お父さんは朝ドラ「純情きらり」の再放送に夢中である。俺もビールを飲みながらぼんやりとテレビを眺めていると「今年栗食べた?」とお父さん。まだ食べていないと言うと栗をサービスしてくれた。

 

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 「純情きらり」が終わるとお父さんの三味線タイムである。

 

「お兄ちゃん、秋田おばこが聞きたいんだったね」

「いや、あの、その……」

「そうか、そうなら早く言ってよ」

 

半強制的にお父さんの三味線を聞かされながら、ゆっくりと時間が流れていく。俺はこの時間が好きなのである。そして軽く一杯のつもりが、芋焼酎の水割りにチェンジし気づくと2時間近く過ぎていた。いつもの悪い癖である。本来であればここから川反に繰り出して、お姉ちゃんの店へと流れるところだが今回はあえて電車で隣の土崎駅に移動して、はしご酒と行きたい。俺は奥羽本線に乗り土崎駅へと向かった。

 

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 ■初体験の珍味「棒アナゴ」とは?

土崎は駅から少し歩くと秋田港にたどり着く。いわゆる港町である。ここはひとつ旨い魚で一杯と行きたいが、コロナの影響で多くの店が休業中である。俺は途方に暮れながら、港町を歩く羽目となった。

 

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晩秋の冷たい風に吹かれすっかり酔いも醒めてきたころ、ようやく良さげな店を発見した。

 

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店内は常連さんで賑わっている。これは期待できそうだ。早速刺身の盛り合わせを注文し、はしご酒の再開である。

 

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さて、つまみをもう一品。迷った挙句、棒アナゴの白焼きを注文したのだが、これが想像とかなり違った。ぶっちゃけ何かの昆虫かと思ったほどである。おそるおそる口に運ぶ。独特な香ばしさと苦み。好き嫌いがはっきりと分かれそうだが日本酒には合いそうだ。

 

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だいぶ酔いも回ってきたところで、今宵のはしご酒のフィナーレを飾るべく俺は土崎のとあるスナックへと向かった。

 ■土崎の生きる伝説「琴子ママ」と夜を過ごす

スナック琴子。土崎の生きる伝説ママである。ネット上ではちょっとした有名人のようであるが、このコロナ禍で果たして営業しているだろうか。そんなことを思いながら真っ暗な夜道を歩いていると、ポツンと青い明かりが見えた。

 

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そのめくるめく世界に誘われるように、俺は年季の入った扉を開けた。

 

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扉の向こうで待っていたのは、おばあちゃん。ごめん間違えた。75歳ぐらいのお母さんである。

 

「あら、初めましてだな。ビールだが。焼酎だが。ワインだが」

「あっ、じゃあビ、ビールで……」

「里芋の煮だのもあるどもくが?(里芋の煮物もあるけど食べる?)」

「は、はい……」

 

店にビールサーバーはなく、琴子ママが奥で缶ビールをグラスに注いでいるのが見えた。店内には常連さんがキープしたボトルが並び、カラオケもある。トイレは和式。ザ・昭和のスナックである。

 

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さて、ここからようやく冒頭の下りに戻るのであるが、琴子ママはなぜか慌てて化粧という名の公家メイクを施し始め、俺はそれを横目にチロルチョコをつまみにグラスのビールを一気飲みし里芋の煮物に手をつけた。

 

「うめが?(美味しい?)」

「美味いです」

「いがった。うめって言われれば嬉しい(良かった。美味しいって言われれば嬉しい)。ごぼう煮だやづもあるども、それもくが?(ごぼうの煮物もあるけどそれも食べる?)」

「た、食べます……」

「あど、イチジクもけ(イチジクも食べれ)」

 

どうやら煮物が得意なようである。だがお手製のイチジクの甘露煮は想像を遥かに超えて激甘だった。

 

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「あめが?(甘い?)」

「ちょっと、そうですね」

「キャハハ。やっぱりな。ザラメの量まぢがったものな」

 

ここまで豪快に笑われてしまったらもはやお手上げである。

 

「あなた、彼女はいるが?」

「いないです」

「セックスはしてるが?」

「セックス?」

 

どうやら琴子ママは下ネタが好きなようである。

 

「わだしも一杯もらっていいべが?(私も一杯飲んでいい?)」

「は、はい。いいっスよ」

俺がそう言うと琴子ママは紙パックのワインをグラスに注ぎ始めた。

「あっ、じゃあ俺もそれで」

 

琴子ママと二人で紙パックのワインを飲みながら土崎の夜が更けていく。来月で店をやめるというママは俺にたくさんの写真を見せてくれた。すべてこの店で撮ったお客さんの写真である。

 

「みんな楽しそうっスね」

「んだ。こさ来いばみんな楽しぐなる(そう。ここに来ればみんな楽しくなる)」

そう言って琴子ママが自慢げに笑った。その顔は公家メイクのおかげで目が開いているのか閉じているのかはわからなかったが、琴子ママはお客さんが好きなのだということはわかった。 

 

いつのまにか2時間、いや3時間ぐらい居ただろうか。 もっといろんな話をしたような気がするが思い出せない。そんなもんである。

だけど帰り際、琴子ママが店の外に出て俺を見送ってくれたことは覚えてる。どうかお元気で。ママと別れた後心の中で呟いた。面と向かってちゃんと言えないところが俺の悪いところである。

俺はパーカーのポケットに手を入れながら土崎駅へと向かった。寒い。秋田にもうすぐ冬がやってくる。

 

ただこの人は冬が来てもきっと元気なんだろうな。

 

さて、再び秋田駅から始まったKANEYANの秋田ぶらり旅。深夜の3時まで店を開けているというタフな琴子ママにひとまず別れを告げて、次回はさらに奥羽本線を北に進んでみようか。

 

続く。