#7【ほろ酔いの旅】【JR五能線】「向能代の渋いお蕎麦屋さんから東八森を目指す酔いどれ五能線の旅」とは?
■東八森駅を目指す五能線徒歩の旅
リゾートしらかみに乗りてえなぁ。
東能代駅から五能線の鈍行列車に乗車するときにそう思った。リゾートしらかみとは、秋田駅から弘前・青森駅間を五能線経由で運行している臨時快速列車である。世界遺産の白神山地や日本海の絶景ポイントを地球に優しいハイブリッド車両で駆け抜けるリゾート列車を横目に俺は五能線の色褪せた座席に腰を下ろした。
通学の時間帯を過ぎて、乗客の中心は高齢者である。オシャレな快速列車に乗り込むハッピー旅行気分の乗客とは対照的に、五能線鈍行列車に漂うのは圧倒的な生活臭である。どうせなら俺もやはりハッピーな旅行気分を味わいたい。だがこの「KANEYANの秋田ぶらり旅」は勝手に地域密着型ブログを掲げている。臨時快速列車が一瞬で抜き去っていく、忘れられた五能線の無人駅たちを丹念に回り記事にすることが俺に課せられた命題なのである。
誰が頼んだわけでもないのに勝手に恩を着せられている五能線の無人駅たちもいい迷惑であろうが、ひとまず俺が今回最初に訪れたのは能代駅から一駅先の「向能代駅」である。
東能代駅や能代駅で見られた「バスケットの街・能代」をPRした観光客向けの看板やバスケットリングは無く駅員も不在の無人駅である。駅の待合室にポツンと貼られた駅の時刻表を見てみると、ただでさえ本数が限られている秋田のローカル電車の中でも五能線はトップクラスの少なさであることが確認できる。
今回はここ向能代駅から4駅先の東八森駅までの五能線徒歩の旅を計画した。性懲りもなくまた歩くのだが、次の電車を待っていてはすぐに夜になってしまう。だがその前にまずは腹ごしらえである。スマホで調べてみると、近くに蕎麦屋がある。ここ秋田でもラーメンは至るところで食べられるが、旨い蕎麦屋は意外と少ない。それに俺はなぜか「蕎麦屋」の雰囲気が好きなのである。もちろんここでいう蕎麦屋は「富士そば」などのチェーン店ではなく、個人経営の蕎麦屋である。そんな気持ちわかるでしょう。
■向能代の渋い蕎麦屋で一杯
駅前の住宅街を抜けると建物は少なくなってくる。本当にこの辺りに蕎麦屋はあるのだろうか。そう、田舎のネット情報を鵜呑みにしてはいけない。ネットには載っているが実は数年前に閉店してました、ということだって十分あり得る話である。
歩きながら少しづつ心細い気持ちになってきたころ、不意に麺棒を持ったお父さんを発見した。明らかに蕎麦職人の風貌である。コロナ禍の状況で市外から来たことがバレたら、持ってる麺棒で殴られやしないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。実は「蕎麦屋」好きの俺だが、所見の個人経営の蕎麦屋は入るのに少し緊張してしまうところがある。そんな気持ちわかるでしょう。
おそるおそる店内へ。夫婦で経営しているようで、お母さんがお水を出してくれた。
俺はちょっぴり緊張の面持ちでメニューを眺めた。酒のコーナーに目を移す。36歳。実は「ちょいと蕎麦屋で一杯」というフレーズに憧れを持つ年ごろなのである。だが如何せん時間が早すぎる。まだ昼の12時前である。秋田には昼飲みの文化がない。昼間から酒に手を出したらアル中と思われないだろうか。
そんなことを思いながらひとり狼狽しつつも、とあるお酒に目が留まった。そば焼酎である。今まで様々な酒に手を出し、それと同時に様々な失敗を繰り返してきた俺だが、そば焼酎はまだ飲んだことがない。ここはひとつ永年における俺の酒飲み人生に敬意を表して、チャレンジせねばならない。
「す、すいません。ざるそばと、あと、そ、そば焼酎ってありますか?」
いやいや、置いてあるからメニューに載ってんだよと突っ込みが聞こえてきそうだが、如何せん、酒飲みは酒を飲むまでは基本的に緊張している生き物である。
「そば焼酎ありますよ。では、お蕎麦は後からのほうがいいですか?」と店主。
「そうですね。後の方が」
先ずは酒を楽しんでから蕎麦に入るのが玄人ぽいなと一人合点した俺だが、用意されたそば焼酎を目の前にしてまたもや落ち着きがない。飲み方がわからないのである。そば焼酎のアルコール度数は30度。取り扱いを間違えると事故が起きる。
「これはどのように飲んだら旨いですか?」
なんとなく玄人ぽく聞いてみたつもりだが、こんなことを聞く時点で完ぺきな素人である。
「このままでも大丈夫ですし、お湯で割ってもらっても。まあ普通はお湯で割りますけどね」
そば焼酎童貞は店主の言いつけを的確に守り、お湯で割った念願のそば焼酎をチビチビと喉に流し込む。そんな俺に店主はそば粉で作った煎餅をサービスしてくれた。
外は秋晴れ。こんな天気の良い日に昼間から飲む酒は格別である。
「これは飛騨高山のそば焼酎なんですよ」
そんな能天気な俺に店主は優しく説明してくれる。旨い酒に、旨い蕎麦。何もリゾートしらかみに乗らなくとも、旅を満喫することはできるではないか。と思ってみたが、残念ながらこの男は酒を飲んで腹が一杯になればそれで満足なのである。
■学問の神様を祀った神社とポンポコ山とは?
蕎麦を食べた後は、いよいよ五能線沿いを北に向かう徒歩旅のスタートである。
まずは国道に出て、次の北能代駅を目指す。
アルコール度数30度のそば焼酎を飲み、すでにほろ酔い気分の俺だが、この日の気温は20度前後。歩くには悪くない天気である。程なくして「北能代駅」に到着した。
向能代駅の年季の入ったルックスとは対照的に、北能代駅は意外と小綺麗である。ちなみに酒飲みの最大の敵は尿意である。すでに先ほどのそば焼酎が膀胱を刺激してくるが、北能代駅にトイレは見当たらかなった。ここはひとまず我慢して次の駅を目指すことにした。
さらに国道を歩き進めていると神社を発見した。案内看板を見てみると聞き覚えのある名前が記載されていた。どうやら、かの有名な学問の神様・菅原道真公を祀った神社のようである。
この何の利益も生まないであろう酔いどれ五能線徒歩の旅の無事を祈る。学問の神様もいい迷惑である。
国道を次の鳥形駅方面に向かって歩いていると道の駅「みねはま」に到着した。
「ポンポコ101って何やねん」と心の中で軽いツッコミを入れつつ、道の駅へ。せっかくの旅である、ここでソフトクリームでも食べましょう、などとスイーツ女子が考えそうなことは見向きもせずトイレへ。とにかく尿意が限界だったのである。
道の駅から少し歩くと、小高い丘の上に気になる建物を発見した。尿意から解放された俺は年甲斐もなく登ってみることにした。
丘の上には、大きなすべり台が設置されていたがコロナの影響か閉鎖中である。平時は子供たちで賑わっているのだろうか。
■東八森のディープな風貌の食堂「ポパイ」とは?
再び国道に出て歩き進め鳥形駅に到着した。
鳥形駅近くの民家の前に「世界人類が平和でありますように」と書かれた看板を発見した。最初は特に気に留めなかったのだが、その隣の建物にも一部文字が欠けているが同じ看板が置いてある。よく見たら向かいの小屋にも。もはやここまでくるとピースフルな雰囲気を凌駕し若干寒気だった気持ちになってくるものである。
沢目駅へ到着。いくら天気が良いとはいえ、このときには俺のおしとやかな足腰は悲鳴を上げ始めていた。何とも締りの悪い五能線徒歩の旅である。
この日の当初の最終目的地は次の東八森駅にある白瀑神社だったが既に夕暮れが近い。秋の日没時間の速さを見くびってはいけない。いや、急げば間に合うかもしれないが、その前に東八森駅前で見つけた食堂がどうしても気になってしまったのである。
もはや「営業中」という看板がにわかに信じがたいほどの風貌である。入るには少し勇気がいる。だが昼間にそばを食べたとはいえ、歩いてきたせいか腹が減っている。意を決してお店に入ると、感じの好さそうなご夫婦が出迎えてくれた。人と食堂は見てくれで判断してはいけないものだなとつくづく感じる。ローカルラジオを聴きながら、肉野菜炒め定食を食べて、本日の五能線徒歩の旅もいよいよ終盤戦である。
結局はこういう飯が一番美味いんだよなと勝手に納得しつつ東八森駅に到着。
ここ秋田県山本郡八峰町は日本海に面している。そうなると旨い魚に期待したいところだが、それは次回の楽しみに取っておこう。
さて、先日までの花輪線の山旅から一転して今度は日本海沿いを行くKANEYANの秋田ぶらり旅。ただ酒を飲んで国道をふらついてるだけじゃねーかという総ツッコミはひとまず無視して、次回は五能線をさらに進んで青森県との県境にある秋田最北端の駅「岩舘駅」を目指してみようか。
続く。