#14【秘境駅探訪】【JR奥羽本線】「秘境駅・津軽湯の沢駅を目指す晩秋の奥羽本線各駅停車の旅」とは?
■秋田と青森の県境にある秘境駅を目指す旅
誰もいないところに行きてえな。
俺はときどきそんなことを思う。
仕事でしくじった夜、ベッドに寝転がって「いろいろめんどくせえな。ちょっとだけ誰もいないところに行きてえな」なんて考える。だけどすべてを投げ出す勇気はない。少しだけ誰もいないところに行って、少しだけ頭を空っぽにしたい。 そんなことを考える夜が俺にはある。
誰も人がいない場所。自由がある場所。あっ、あとついでに翌日の仕事のことも考えて出来れば日帰りで帰ってこれる場所。そんな俺たち"なんにもないところに行きてえな症候群"の人種にとって打ってつけの場所がある。
秘境駅である。
そう今回目指すのは、周りに何もない駅として一部マニアで有名な東北屈指の秘境駅・JR奥羽本線の「津軽湯の沢駅」である。ちなみに津軽湯の沢駅は冬季間(12月から3月まで)は通過駅となるため、どうしても11月中に向かわねばならない。俺は急いで旅支度を整えてJR奥羽本線に乗り込んだ。
今回は前回訪れた鷹ノ巣駅の隣駅「糠沢駅」から6駅先の「津軽湯の沢駅」までの奥羽本線各駅停車の旅を計画した。厳密には「津軽湯の沢駅」は青森県の駅だが秋田の県境に位置するため、この奥羽本線編(大舘・青森方面行き)の最終目的地に選んでみた。
まずは陽が昇って間もない早朝の糠沢駅からスタートである。
津軽湯の沢駅まで行かなくとも、もはやこの時点で何もない。俺は早くも糠沢駅で途方に暮れつつ、ひとまず待合室で次の電車を待つことにした。
この糠沢駅の駅舎は地元の民族芸能である綴子(つづれこ)大太鼓をモチーフにしており、そのユニークなデザインを見に遠方からも人が訪れるようである。駅の待合室には奥羽本線・そして糠沢駅の思い出作りにと旅ノートが設置されていた。
俺はそっとノートを閉じて、学生に混ざって奥羽本線に乗り、次の早口駅を目指した。
■ナニコレ珍百景にも登場した早口の珍スポットとは?
ここ早口駅から少し歩くと「弁慶」という早朝から営業しているラーメン屋さんがある。その奇妙な外観からテレビ朝日系列「ナニコレ珍百景」にも登場したここ大舘市早口エリアの珍スポットのようだが、次の電車までまだ時間があったため向かってみることにした。
国道に出ると、思わず訪問者を後ずさりさせる独特なオーラを放った建物を発見。恐る恐る近づいてみる。
やっちまった。まさかの定休日。それにしても噂通りのなかなかパンチのあるルックスである。こうなるとラーメンの味がとても気になるが、定休日ではどうにもならない。早朝ラーメンはあきらめて、大館市特有のノスタルジックな建物をチラ見しながら、駅へと戻った。
早口駅に戻って、再び奥羽本線に乗車。隣駅の「下川沿駅」に向かった。
駅前のプロレタリア文学の小説家・小林多喜二先生のお墓を参拝しつつ、近くに飲食店はないか探してみたが午前中から営業している店はなかった。仕方がないので俺は駅の待合室のベンチに腰を下ろした。そんな俺を駅前にいた警備員さんがいぶかしげに見ている。先を急ごう。俺はまた奥羽本線に乗って大舘駅を経由して白沢駅で降車した。
■またまた出会った大人のワンダーランドとは?
次の電車までかなり時間があるため、歩きながら次の「陣場駅」を目指しつつ、その途中に食堂があればそこで腹ごしらえする作戦を算段した。だが歩けども歩けども食堂はおろかコンビニすらない。ようやく見つけたドライブインは既に廃墟と化していた。
もはや大舘エリアは廃墟しかないのか。チクショー腹減ったぜ。半ばヤケクソで国道を歩いていると、何やら怪しい看板を発見。
国道7号線沿いに不意に現れた大人のワンダーランド。忠犬ハチ公の故郷・大舘市が下腹部を膨らませてお届けする秘密の観光スポット。ハチ公もまさか大量の廃車に混ざってこんな場所が隠されていたことを知ったら、ひとまずご主人のことは忘れて発情してしまうだろう。
俺は周囲を確認しながら、その秘密の建物の中に侵入した。そこには強固な鉄格子の奥に大人の秘密映像と秘密道具が隠されている。値段はだいたい2000円ほど。優しい価格設定である。既に絶滅危惧種と思われたエロ自販機を見つけたのは、この「KANEYANの秋田ぶらり旅」において早くも3つ目である。さすが伝説のセクシー女優・森下くるみさんとゴールドフィンガー・加藤鷹氏を輩出したエロの国・秋田である。
ついつい、エロ自販機についてはテンションが上がり文字数が増えてしまうが、今日は朝から飲まず食わずということを忘れていた。オラ、腹減ったぞ。名残惜しいがここはひとまずエロ自販機に別れを告げて再び国道を歩いていると、ついに一軒の食堂を発見した。
お父さんがひとりで切り盛りしているお店のようである。漫画「バガボンド」を読みつつ、津軽ラーメンをすする。 津軽とは青森県西部の総称だが、ここ秋田県大館市は青森との県境ということで、既に青森の空気が混ざっているようだ。
■国道7号線で出会った奇妙すぎる像とは?
腹が膨れたところで再び国道に出て歩いていると、奇妙な像を発見した。
MAJIでKISSする5秒前の奇妙な像の隣には、さらに鳥肌モノの代物が草木に埋もれて立っていた。
よく見たら首から上がない。怖すぎる。MAJIで小便ちびりそうな5秒前。
隣にはなぜか上半身の男性像。腕はない。そしてなぜかWith鶴。よくわからないけどめちゃくちゃ怖い。夜に出会ったら大人でも泣いてしまうだろう。ちなみに家に帰っていろいろネットを調べてみたが彼らについての詳細はわからなかった。
気を取り直して再び国道を歩く。ほどなくして「陣場駅」に到着。
陣場駅から奥羽本線に乗り、ようやく本日の目的地「津軽湯の沢駅」にたどり着いた。
この駅で降りたのはもちろん俺ひとりだった。電車からホームに降りた瞬間、風の音と鳥の鳴き声が聞こえた。俺は木造の回廊を降りて、地上に向かった。
■津軽湯の沢の秘湯・古遠部温泉とは?
駅周辺には観光スポットはないが、1時間ほど歩くと「古遠部温泉」という温泉宿があるようだ。周りをすこし探索しつつ、ひとまずそこに向かうことにした。
駅前に人の気配はなく沢の流れる音が響く。また民家は数件確認できたが、人は住んでいるのだろうか。
国道に出て温泉を目指す。車通りも少なく僅かに残る建物は廃墟と化している。
40分ほど歩いただろうか。ようやく「古遠部温泉」の看板を発見した。
国道から林道に入るとかつてない恐怖が待っていた。熊の気配がハンパない。この「KANEYANの秋田ぶらり旅」において数多くの熊登場スポットを歩いてきた俺だが、もはや過去最大級の恐怖である。周りは茂みで車も通らない。もはや熊を迎えに行くようなものである。
こんなところを歩くのは命がいくつあっても足りない。しかも林道を進んでいくとどんどん携帯の電波が弱くなり、しまいには圏外になった。マジかよ。クマちゃん。おとなしく冬眠しててね。俺は祈るように歩いた。すこし泣いていたかもしれない。
半泣きで歩いていると、ようやく建物が見えた。俺はすがるような思いで足早に建物を目指した。
熊の恐怖に怯えながら、古遠部温泉にようやくたどり着いた。館内の写真撮影は原則禁止ということで掲載できないが、かけ流しの褐色のお湯に浸かり、さらにそのお湯を背中に寝転ぶ「トド寝」がこの温泉の名物のようである。この日は先客がいなく貸し切り状態だったため、さっそくその「トド寝」を実践してみると、温かなお湯に包まれて歩き疲れた俺の体の節々が回復していくような気がした。療養のため遠くから訪れる人もいるのも頷ける。十分に秘湯と形容しても差し支えない温泉宿である。
帰りにひとりでこの温泉を切り盛りしている若い女将さんと少しだけ話した。この携帯の電波も届かない山奥の宿にはいろんな事情を抱えた人が訪れるという。誰もいない場所にいきたい。そんな思いで俺も今日ここにいる。だけど最後にはこうして人と話して安心しているから不思議だ。
ちなみに今回駅からここまで歩いてきた俺だが、ガチで熊の遭遇率が高いため女将さんは車での訪問を勧めているようだ。
「お兄さん、運がよかったけど本当に危険だよ」
「もうあれは無理っす。怖すぎっす」
俺は頭をかきながら、帰りは駅までタクシーで帰ることにした。
そして津軽湯の沢駅に戻って秋田行きの電車を待つ間、俺は駅の待合室に置いてあった1冊のノートを手に取った。
そのノートにはこの駅を訪れた人たちの素直な思いが綴られていて、そのひとりひとりにこのノートを管理している方が返事を書いていた。
もちろんその返事はその人が再訪しない限り読まれることはないのだろうが、とても温かな気持ちになった。朝に見た糠沢駅のノートとは偉い違いである。あっ、すいません。
ホームに上って、周りを眺めてみる。正直ここ数か月俺もいろいろあった。だけど本当はすべてどうでもいいことなのかもしれない。なんにもないこの駅を見ていたら、ふとそう思った。
さて、今回は秋田を通り越して青森の秘境駅に足を踏み入れたKANEYANの秋田ぶらり旅。熊の恐怖が未だ頭から離れない俺だが、ひとまずこの秘境駅にて奥羽本線に別れを告げて、次回は冬の男鹿線の旅に出てみようか。
続く。